第304話 打出し

「ここまで徹底されるのですね…」


 彩菜と紗枝莉さんが別々のテーブルに着いているのを見やり、アデラインは感心したように呟いた。

1日だけのこととは言え、初めて見る光景に違和感もあるのだと思う。


「あやと紗枝莉さんの名演技を無駄にしたくないからね。」


 思い返すと、彩菜と紗枝莉さんの遣り取りはとても演技とは思えないほど真に迫っていた。

あれを見て芝居だと気づく者は中々いないのではなかろうか。

それはきっと、二人が口にした台詞によるところも大きいだろう。


「正直言って、あそこまで上手くいくとは思ってなかったから驚いたよ、これもアディーのお陰だね。」

「いえ、そんな、私はお兄さまのアイディアを形にしただけですから。」


 俺の言葉に謙遜するアデライン。

実は、彩菜と紗枝莉さん、そして俺が演じた芝居の台本は、彼女が書いたものだった。

俺が思い浮かべたイメージを伝えると、スマホを使ってその場で直ぐに三人芝居に仕立てて見せたのだ。

その手際の良さに、その場にいた全員が舌を巻いた。


「じゃあ、俺とアディーの共同作業ってことかな。」

「お、お兄さまと私の、共同…作業…♡(ポッ////)」

「うん、…って、アディー?」


 アデラインは頬をポワンと桜色に染めてコテンと左肩に凭れかかってくる。

俺は『初めての』とは言っていない筈なのだが、彼女の夢見心地な面持ちを目にすれば、指摘するなど如何にも無粋というものだろう。


「きみと俺は、いつまでも一緒だからね。」

「はい、お兄さま…」


 俺の言葉にアデラインは小さく頷き、はにかみの表情を浮かべる。

俺の胸には、この子の想いを大切にしてあげたいという気持ちが止め処なく湧き出ていた。




「ねえ、ゆう、明日も少し引きずって見せた方が良いかな。」


 学園からの帰り道、帰宅方向が違う面々と別れてから、彩菜が俺に問うてきた。

確かに今日だけではなく、あと1日程度、二人ともバツが悪そうに過ごすのも一つの手だ。

けれど、俺はそこまでする必要はないと思っている。


「もう試験対策に頭を切り替えてる人もいると思うから、追い討ちをかけることもないんじゃないか? また何かあれば対処すれば良いよ。」

「そうだね、次がないことを祈っておけば良いかな。」

「次はないだろうな、皆、ちょっとした刺激が欲しかっただけだろ。」


 きっと試験対策のストレス解消のために刺激が欲しくて、弄りやすそうなところをつついてみたと言うところだと思う。

そういう意味では、こちらが過剰反応をしているだけとも言えなくもないが、いずれにしても、そろそろ3年生は他人ひとのことなど構っていられなくなるのだ。


「志望大学を決める時期も近いから、俺たちを弄ってる暇もなくなるよ。」

「だよねぇ、私は決まってるから良いけど、まだ迷ってる人もいるから。」

「紗枝莉さんも決まってるしな、そう言えば、あかねさんはどこを狙ってるんだ?」

「私と同じ所に行くって言ってる、大学でも私の世話を焼くつもりみたい。」

「それ、ひょっとして、俺がいつもお願いしてるからか?」

「そ、『悠樹さまのお役に立ちたい』って、私としては一人にならなくて済むから助かるけどね。」


 あかねさんは日頃から、何かと彩菜の周囲に目を配ってくれている。

元々彩菜の数少ない友人として傍にいてくれた人ではあるが、最近は持ち前の調整力を活かして、彩菜が残りの学園生活を心安らかに送るために尽力してくれているようなのだ。


「確かに、お前を一人にしたくないから、あかねさんが居ると有難いけど、それで進路を決めるのもなあ。」


 学園にしてみても、3年生の首席と5席が全国的に名の知れた国立大学ではなく、地元の工科大学を志望するなど、頭の痛いところだろう。

更には2年生の俺と愛花、1年生の涼菜とアデラインまでもが、実は同じ大学を志望していると知ったら大変なことになりそうだ。

暫くはこれまでどおり、”志望大学未定” を貫かねばなるまい。


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