第303話 側仕えの心得

「お兄さま…」

「うん、何か対策を考えないといけないな。」


 喧騒の輪に入らなかったアデラインが、不安そうな表情を見せる。

本来なら、俺と複数いる恋人との関係性が全て同じなどと言うことは考えられない。

けれど、3年1組の生徒にとって、昨年1年間見せられた俺と彩菜の振る舞いは、余りにもインパクトが強すぎたのだろう。

所謂高校生らしい男女交際程度では、最早物足りなくなっているに違いない。


「それならそれで、やりようがあるか。」

「良い手立てを思いつかれたのですか?」


 ならば、話は簡単だ。

要は、彼らの欲求を満たすほどの強烈な印象付けをしてやれば良いのだ。

たとえば…




「まさか、わたしが清澄さん相手にあんなこと言うとは、誰も思ってなかったよねぇ。」

「あれだけド派手にやらかせば、印象に残らないってことはないでしょ。」


 日頃仲良くしている女子二人が突然目の前で言い争いを始めれば、皆の興味を引かないわけがない。

しかも、俺までもが怒鳴り声を上げて粗暴に振る舞ったのだから、相当なインパクトがある筈だ。

あとは今日1日、彩菜と紗枝莉さんが互いに素っ気ない態度を取っておけば真実味も増すだろう。

はたして3年1組の皆さんがどのような反応を示すのか、今後の展開が楽しみになってきた。




 昼休みに入ってまもなく、彩菜からメッセージがあった。

あれから彩菜も紗枝莉さんも、クラスメイトの皆さんから腫れ物に触るような扱いをされているらしい。

取り敢えず、今のところはまずまずの効果があったと思って良いだろう。


「ゆーちゃん、それ、姫君から?」

「うん、思惑どおりって感じだね。」

「うわぁ、試験前なのに、先輩たちお気の毒。」

「くすっ、皆さんには寧ろ、良い刺激になってると思いますよ?」

「…何だか、神崎さんの周りに禍々しいオーラが見える気がする…」

「ふっふっふっ、悠樹と私たちの平穏を脅かす者は、何人なんぴとたりとも許しません。」

「あー、ついに神崎ちゃんの暗黒面が姿を現したかー」


 愛花、まりちゃん、由香里さんの三人は、笑顔で憩いのひと時を過ごしている。

事情を承知している彼女たちにとっては、今朝の出来事など食事の際のお喋りのネタ程度と言ったところだろう。

しかし、事情を知らない者にとってはそうではない。

それが証拠に、教室そとの廊下が何やら騒がしくなって来たと思ったところ…


「悠樹さま悠樹さま! 一大事でございます!!」


あかねさんが大きな胸を揺らしながら血相を変えて飛び込んできた。

 このあと、俺たちは慌てふためく彼女を宥めることに時間を取られ、試験対策に勤しむ間もないまま昼休みを終えたのだった。




「もう、前もって知らせてよ、びっくりするじゃない。」

「ごめん、あかねのこと、すっかり忘れてた。」


 放課後の図書室で、あかねさんが眉間に皺を寄せながら、彩菜と紗枝莉さんを相手に文句を垂れていた。

昼休みの慌てようからも分かるように、彼女は二人の様子に心底驚いたようだ。


「森本さん、ごめんなさい、でも、教室で説明するわけにはいかなくて。」

「昨日知らせてくれれば良いのに、彩菜は兎も角、桜庭さんまでわたしのこと忘れてたわけ?」

「いやぁ、それは…」

「あかねさん、すみませんでした、その方が真実味が出ると思って、俺が知らせないようにお願いしたんです。」


 もちろん方便である。

今朝、3年1組に行って気づきはしたものの、時すでに遅く、そのまま実行せざるを得なかったのだ。


「お陰で上手くいきました、ありがとうございます。」

「まあ、そうでしたのね、流石は悠樹さま、敵を欺くにはまず味方から、わたくし、すっかり騙されてしまいました。」


 先ほどまでの表情から一変し、あかねさんは満面の笑みを浮かべて俺の手を握ってきた。

彼女の瞳には、真冬の夜空のように星が瞬いている。


「この森本、悠樹さまのお役に立てたのでしたら、それ以上の喜びはございません、どうかこれからも、わたくしめを存分にお使いくださいませ。」

「承知しました、頼りにしています。」


 俺が微笑み返すと、あかねさんは更に笑みを深める。

俺は(事の成り行き上)あかねさんと暫く見つめ合っていた。




「はあ、ようやく解放された…」

「ふふふ、お兄さまは、森本先輩に愛されていらっしゃいますね。」

「まあね、中々稀有な愛情表現だとは思うけど。」


 中々手を離してくれないあかねさんを宥め賺して彩菜に引き渡し、アデラインが待つ司書コーナーで一息ついた。

いつもであれば、今日は彩菜の試験対策に付き合うところだが、今朝のイベントのこともあるので、俺と彼女、そして紗枝莉さんの三人は別々の場所に座ることにしたのだ。


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