第244話 はにかみ

 大型連休が明けて最初の月曜日、午前の授業が終わり、俺は弁当を片手に1年1組を訪れていた。

これから昼休みの司書当番を務めるために、相方のアデラインを迎えに来たのだ。


 教室の出入口から顔を覗かせると近くにいた後輩女子が気づいて、俺が声をかける前にアデラインを呼んでくれた。


「御善さん、お迎えだよー」

「はい、ありがとうございます。」


「ありがとう、助かるよ。」

「い、いえ、はい…////」


 呼ばれたアデラインが返事をして立ち上がったのでその子にお礼を言うと、頬を赤く色づかせてはにかみを見せる。


「お兄さま、お待たせしました。」

「それじゃあ、行こうか。」


俺とアデラインは彼女の笑顔に見送られながら、職員室へと足を向けた。


「ふふふ、お兄さまはおモテになりますね、少し妬いてしまいます。」

「あの子に期待を持たせると申し訳ないね、次は廊下で待った方が良いかな。」

「それでは及川さんが悲しみますので、お顔をお見せください。彼女はファンクラブの会員だそうですよ?」


 ファンクラブが発足して2ヶ月余り、どうやら1年生にまで浸透して来たようだ。

動向が耳に入って来ないのは、非公認ゆえのことだろう。


 職員室から借りた鍵で扉を開けて、室内の明かりを点ける。

司書コーナーに弁当を置き、二人で手分けして遮光カーテンを引き戻してから窓を2箇所だけ開けて外気を中に入れる。

あとは司書コーナーに戻って貸出業務用PCを立ち上げれば、図書室利用の準備が整う。

 アデラインが司書当番をするのは今日で3回目となるが、彼女は毎回実に楽しそうにこの作業を行っていた。

以前の相方とは大違いだ。


「アディーはいつも楽しそうに仕事をするね。」

「はい、私は図書室が好きですから。」


 1月に学園見学をした際も、アデラインの希望でここへ案内した。

その時彼女は書架に並んだ蔵書に目を輝かせていた。


「本を読むのが好きだからかな。」

「そうですね、以前はそれだけでしたけど、今は別の理由が出来ました。」

「別の理由?」

「今は皆さんと勉強してお喋りするのが楽しいですし、それに…」


 俺を見つめるアデラインの翠の瞳に熱が込められる。

目は口ほどに物を言うとは、正にこのことを言うのだろう。

俺は次の言葉を聞くことなく、瑞々しく艶めく唇に自分の唇をそっと触れさせた。


 図書室を開けてから暫くして、開放している出入口の前で誰かが立ち止まる気配がした。

カウンター越しにそちらを見やれば、女子生徒が一人、緊張した面持ちで佇んでいた。


「こんにちは、瀬谷さん、中に入らない? そのままだと、ほかの人が通れないしね。」

「ご、ごめん、あの、そっちに行っても良い?」


 やんわりと入室を促したのだが、瀬谷さんは少し入りづらそうにしている。

多分、俺とアデラインが寄り添っているのが気になるのだろう。

仲の良さげな男女の睦み合いを邪魔立てするなど、如何にも無粋というものだ。


「もちろんどうぞ、俺に用があるんだよね。」


 再度促されて、彼女はようやくこちらへ近づいて来た。

瀬谷さんを気遣ってのことだろう、アデラインが俺に寄せていた肩をスッと離す。

けれど、絡めた指が解かれることはなかった。

俺がそれをさせなかったからだ。


「このままで居たいな。」

「はい…」


彼女は視線を手元に落とし、仄かなはにかみを見せていた。


 瀬谷さんが司書カウンターの前にやって来た。

彼女に面と向かうのは、10kmマラソンで関わって以来だ。

俺たちの共通の話題と言えば、まずはそのことだろう。


「瀬谷さん、膝はどう? もう痛みはない?」

「うん、もう大丈夫、御善くんが応急処置してくれたから、傷の治りも早かったよ、ほら。」


 言うが早いか、彼女は左膝をグイと持ち上げカウンターにドンと乗せた。

自分がどのような服装なのか些かも気にしていないような天真爛漫な振る舞いに、一瞬ドキリとさせられる。

俺はすかさず視線を右にずらした。


「ね? って、あれ? なんで見てくれないの?」


 瀬谷さんは俺が目を逸らした理由に気づくことなく、膝をカウンターに乗せたまま不満げな顔で迫って来た。


「瀬谷先輩、スカートがはだけていらっしゃいます。カウンターは足を乗せる所でもありませんので、どうぞお下ろしください。」

「へ? …うわっ?! ごめん!」


 彼女は見かねたアデラインに指摘されて、ようやく制服を着ていることに思い至ったようだ。

慌ててカウンターから足を下ろし、スカートの前を両手で押さえる。


「みみみみみ見た?!」

「くすっ、見てないよ、きみは天然の人っぽいね。」

「うう、よく言われますぅ。」


 瀬谷さんは耳まで真っ赤になり、しおしおと俯いてしまった。

威勢が良かったりしおらしかったりと、何とも忙しい女の子だ。


 俺は一瞬だけ垣間見た健康的な内腿と緑のドットの記憶を、誰にも明かすことなく墓まで持っていくことに決めた。



* * * * * * * * * * *


お読みいただき有難うございます。

投稿開始から本話を以って、物語の中ではかれこれ1年が経過しました。

ここ数ヶ月、物語世界のカレンダーで物事を考えているので、ここが節目と感じています。

ここからまた新たな気持ちで書き進めたいと思いますので、引き続きよろしくお願いします。

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