第245話 就任挨拶

 アデラインと共に宥めること数分、瀬谷さんは頬に赤みを残しながらも、何とか落ち着きを取り戻してくれた。

多分これで、ここに来た本来の目的も果たせるだろう、と思ったのだが…


「はあ〜、ホントにごめん、あたし、たまーにやらかすんだよねー」

「そういうところもチャームポイントの一つなんだろうね、きみは話しやすいしモテそうだね。」

「え、あたしが?! な、何言ってるのもう! で、でも、御善くんにはそう見えるってこと?! いや、待って待って、そんなわけないよね、でもでも!」


またしても瀬谷さんがバタついてしまった。

と言うよりも、俺がバタつかせてしまった。


 ここ数日、身内とばかり話をしていたためか、女子に対して思ったことを素直に口にする癖がついてしまったようだ。

少しは加減することを考えないと、このままでは彼女だけでなくほかの誰とも会話が出来なくなってしまう。


 反省すべきではあるものの、この場は取り敢えず瀬谷さんに用件を済ませてもらわないことには埒があかない。

昼休みの残り時間も少なくなって来たので、俺は強引に本題に入ることにした。


「瀬谷さん、ごめん、きみ、ファンクラブのことで来てくれたんだよね。」


 俺の言葉に瀬谷さんは、はたと我に返った。

先ほどからくるくると変わる表情を見ていると、何だか微笑ましくなって来る。

これも彼女の魅力の一つなのだろうと思ったところで、危うく口から出そうになった言葉を何とか飲み込んだ。


「そ、そうだった! 挨拶に来たんだった!」


 瀬谷さんはこちらに向かって姿勢を正し、腰を勢いよく45度に折り曲げる。


「ご挨拶が遅くなり申し訳ありません! 御善悠樹ファンクラブ会長に就任した2年3組の瀬谷椿です! 御善くんを陰に日向に見守ろうをモットーに活動して行きますので、よろしくお願いします!」


 体育会系部活生らしく澱みなくハキハキと言い切った彼女は笑顔で姿勢を戻し、一仕事終えたとばかりに右腕で額を拭った。

ちなみに額には汗一つかいていない。


「わざわざありがとう、さっき1年生に会員って子がいたから、人数も増えてるんだろうね。」

「うん、2・3年生が25人と1年生が今のところ3人だけど、御善くんのことが広まって行けば、もっと増えると思うよ。」


 話の流れで他人事ひとごとのように言っているが、俺と身内に実害がないのであれば、会員が何人いようとどのような活動をしようと関知するところではない。

仮に日常生活に支障を来たすのであれば何かしらの対処が必要になるが、あと2年余り学園で過ごすことを考えれば、余計な波風は立てたくないところだ。

ただ、これだけは伝えておく必要がある。


「瀬谷さん、念のため言っておくけど、俺は公認する気はないから、そのつもりでいてほしいな。」


 俺の言葉は想定内のことなのだろう、瀬谷さんは苦笑いを浮かべつつ肯定の意を示した。


「うん、あたしたちが勝手に御善くんを担ぎ上げてるだけだからね、面白半分に入会してる子も何人かいるし。」


 『面白半分』と聞いて、俺は奥寺さんのチェシャ猫笑いを思い浮かべた。

彼女のような会員が含まれていると多少は不安も生まれてくるが、あれほど濃いキャラの子はそうそう居ないだろうから、彼女さえ警戒しておけば何とかなるだろう。


「そういう子が抜けて、純粋に御善くんのファンだけになったら、あらためて公認のお願いに来ます。」

「分かった、ただ、良い返事は期待しないでね?」

「あはは、それも承知の上です。御善ハーレムに張り合う気もないしね。」


 そう言って彼女はアデラインに視線を向ける。

その瞳には優しげな色が滲んで見えた。


 俺と瀬谷さんがこの学園を卒業するまで2年弱、はたして『純粋なファン』など何人いるのか分からないけれど、きっと彼女たちは俺だけでなく恋人たちを含めて温かい目で見守ってくれるに違いないと確信した。

彼女の眼差しはそれ程までに、俺とアデラインにこの上ない安心感を与えてくれたのだ。


「そっか、瀬谷さんが言ったことは、俺の身内にも伝えておくよ。」

「うん、そうしてね。あ、それと、もしもうちの会員が何か変なこと言って来たら直ぐに教えて? あたしがきっちり対処するから。」

「その心配はしてないけど…、仮にそんなことがあったとして、会員ってどうやって見分ければ良いの?」


 多分、会員証を作ると思うのだが、一々それを確認しろと言うのだろうか。


「それは簡単、ジャーン! こんなのを作ってみました!」


 瀬谷さんはスカートのポケットから何やら取り出して、したり顔で俺とアデラインの目の前に掲げて見せた。

はたしてそれは…


「御善くんの顔写真で缶バッジを作りました! 会員はこれを着けてるから一目瞭然! これならバッチリでしょ?」

「ちょっ?! 瀬谷さん、それやめて! 全然バッチリじゃないよ?!」


 俺が取り上げようとすると彼女はヒョイと手を躱し、さらに追い打ちをかけて来る。


「もう一つあるんだよ? ほら、女装メイドバージョン!」


もう片方のポケットから出て来たのは、昨年の文化祭で俺が扮して好評を博したクールメイドの缶バッジだった。

客観的に見れば2つとも中々の出来栄えだと思うが、これを人前に晒されては堪ったものではない。


 キンコーンカンコーン♫


「あ、予鈴だ、それじゃあよろしくー♪」


 昼休みの終わりを告げる予鈴と共に、瀬谷さんは風のように消え去ってしまった。

呆然とする俺の傍らではアデラインが…


「私もファンクラブに入れば、あの缶バッジをいただけるのでしょうか…」


頬を桜色に染めてうっとりと呟いていた。


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