第242話 義妹
俺はアデラインに、結菜との真実を話した。
俺が幼い時分から結菜に好意を持っていたこと、両親が亡くなった時に慰めてもらい女性の愛し方を教えてもらったこと、彼女も俺を好きでいてくれたこと、それでも彼女は俺の兄と結婚したこと、そして彼女の中に宿った二つの命のことを…。
「俺はもう、好きになった人たちが辛い思いをしたり、不幸になったりするのを見たくないんだ。皆に幸せになってほしいし、幸せにしたいと思ってるんだよ。」
たとえそれが俺の自己満足、つまりは単なるエゴに過ぎなくとも、確固たる信念であることを誰にも譲ることは出来ない。
以前、彩菜が言っていた俺には沢山の恋心があるというのは、多分その現れなのだと思う。
「きみが求めている話からずれてしまったかも知れないけど、話すべきだと思ったんだ。俺の家族になってくれたきみに。」
恋人たちとは違う意味で、アデラインは紛うことなき俺の家族だ。
これもエゴなのかも知れないが、これ以上、彼女に嘘をつき続けていたくなかったのだ。
しかし、懸念もあった。
アデラインは母親が恋をしては裏切られる姿を目の当たりにして育ったために、恋愛を嫌悪し、男性を信じられなくなった。
彼女が俺と結菜の有様に、俺の嘘に忌避感を抱いても致し方ない。
はたしてアデラインは、どのように感じているのだろうか。
アデラインはこちらを見ていた瞳を伏せ気味にして、暫し沈黙を置いてから口を開いた。
「やはり、お兄さまはお優しい方です。お兄さまは、私のために嘘をつかれたのでしょう?」
彼女は視線を俺に戻し、穏やかな面持ちで言葉を紡ぎ出す。
「以前の私でしたら、今のお話は受け入れ難かったと思います。けれど私はもう、お兄さまがどのような方か知っていますから…」
「アディー…」
「おじさまのお宅で、お兄さまは仰いました。傍に居てくださると、決して裏切らないと、一緒に幸せを見つけてくださると。」
あの頃から俺の想いは何も変わっていない。
いや、寧ろ何倍にも強くなっている。
「お兄さまは、図書委員会で私が申し上げたことを覚えていらっしゃいますか?」
アデラインが言っているのは、4月の図書委員の顔合わせの際に、俺が彼女に伝えた気持ちに対する応えのことだ。
『末永くお傍に置いてください…』
あの時、俺はこの子を守るために、出来るだけ傍に置きたいと思っていた。
「覚えてるよ、きみが俺の気持ちに応えてくれて、とても嬉しかったから。」
「あの言葉が、私の想いの全てです。お兄さまとの
それは俺にとっても同じことだ。
彼女が
俺にとって、かけがえのない
「形に拘る必要はないのかも知れないね。」
「お兄さま…」
俺が立ち上がって手を差し伸べると、アデラインもその手を取って立ち上がる。
俺たちは互いを見つめながら身を寄せ合い、ゆっくりと瞼を閉じて静かに唇を重ね合わせた。
陽が西に傾いた頃、アデラインと共にリビングに降りると、ソファーの背もたれにぐったりと突っ伏す紗代莉さんを桜庭さんがハンドタオルで扇いでいた。
ダイニングから女子たちの話し声が聞こえるので、2・3年生の弄りから解放されたばかりなのだろう。
「紗代莉さん、大丈夫ですか? 何か飲み物を用意しましょうか。」
声をかけつつ傍らに腰を下ろすと、彼女は顔を上げ疲れ切った眼差しをこちらへ向けた。
「ココア…」
「紗代ちゃん、無茶言わないの、この家にココアがあるかどうかなんて分からないでしょ?」
紗代莉さんの答えを聞いて、桜庭さんが呆れた表情を見せる。
けれど、心配には及ばない。
「ありますよ、今から作りますね。アディー。」
「はい、お兄さま。」
普段であれば、この家にココアは常備されていない。
昨年寄せてもらってそれを知っていた俺は、紗代莉さんが飲みたがると思い、いつでも作れるように材料を用意しておいたのだ。
俺はアデラインを伴って、キッチンへと向かった。
トレーにカップを乗せてリビングに戻ると、紗代莉さんが先ほどのダレた姿から一転してワクワクした様子で迎えてくれた。
「お待たせしました、この家はこの大きさのカップしかないので、いつもより少ないですけど。」
「そんなのは良いよ、いただきます、(ふー、ふー)」
ココアが入ったカップをテーブルに置くや否や、紗代莉さんは両手で包み込み口元へ持っていった。
彼女の子供っぽい仕草に、思わず顔を綻ばせてしまう。
「桜庭さんも、どうぞ。」
「うん、ありがとう、ひょっとして、わざわざ家から持って来たの?」
「ええ、全員分作っても、あと1回は作れますよ。」
ダイニングテーブルに着いている女子五人には、アデラインがココアを配ってくれていた。
涼菜と詩乃ちゃんにも連絡してもらったので、程なくこちらに顔を出すだろう。
「お代わりはいかがですか?」
「え、あるのか?」
余程ココアを欲していたのだろう、カップの中身を飲み干していた紗代莉さんに尋ねると、彼女は瞳をキラリと輝かせる。
「こちらをどうぞ、少し冷めてるかも知れませんけど。」
俺が目の前にカップをコトリと置くと、紗代莉さんは戸惑いを見せた。
彼女に勧めたのは、俺の手元にあったカップだった。
「これ、お前の…」
「口はつけてませんから、大丈夫ですよ?」
「いや、そうじゃなくて…」
「俺は、あなたが喜んでくれれば満足ですから、ぜひ飲んでください。」
目を細めて言い添えると、紗代莉さんの頬がぽわんと桜色に染まり、俺から目を逸らしながら小さく呟く。
「まったくお前は、恥ずかしげもなく…////」
「王子さまに見初められるって結構大変かも、紗代ちゃん、やっぱ頑張らないとね。」
紗代莉さんの隣では、桜庭さんが苦笑いを浮かべていた。
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