第240話 清澄邸の朝

 朝御飯をいただいてから、ダイニングで食後のお茶を愉しんでいる。

15人が一堂に会して朝から賑やかに…と行きたいところだが、流石に全員はリビングには収まらず、清澄一族六人と俺は皆から離れてダイニングテーブルを囲んでいた。


「美菜さん、園子さん、美味い食事をありがとうございました。この人数だと作るのが大変だったでしょう。」

「そうでもないわ、昨日、粗方作っといたから、あとはご飯とお味噌汁だけだったしね。」

「こっちこそありがとうよ、婿さんが配膳を手伝ってくれたから助かったわ。」

「食器が不揃いっつうのが惜しかったな、もっと買っときゃ良かった。」


 英治さんはそう言うが、そもそも一族のほかに9人もゲストを迎えたのだから、食器が不揃いでも何ら不思議なことではない。

それよりも寧ろ、この人数分を用意出来ることに驚かされる。


「食器を洗って来ますね、すず、手伝ってくれ。」

「はーい♪」


 食事を用意してもらった上に後片付けまでお願いしたのでは流石に申し訳ないので、サッと立ち上がって涼菜を伴いキッチンへと向かった。

食器洗いと言ってもこの家にはとても家庭用とは思えない大きな食器洗い乾燥機が備えられているので、シンクでザッと汚れを落として並べて行くだけで済む。

とは言え、15人分ともなればそれなりに手間がかかるのは間違いない。


「これだけ用意するのは骨が折れるよな、明日はワンプレートにしてもらおうか。」

「お母さん、朝御飯は別々におかずを盛らないと気が済まないから、却下されると思うよ?」

「美菜さん、こだわり強いからなあ、また配膳を手伝わせてもらうしかないかあ。」

「くすっ、ゆうくんのそういうところ、大好き♪」


「うわ、朝からイチャイチャだぁ、手伝おうと思ったけど、お邪魔だったみたいだね。」


 涼菜が抱きついて来たタイミングで、桜庭さんがキッチンに顔を出した。

彼女も後片付けを手伝ってくれようとしたようだ。


「俺たちはいつもこんな感じなんで。食器洗いは食洗機こいつがやってくれますから、大丈夫ですよ。」

「ひえー、大っきな食洗機! この家、色々とスケールが違いすぎるよぉ。」


 ちなみに、普段は英治さんと園子さんの二人だけなので、手洗いで済ませているそうだ。

つまり食洗機が活躍するのは、息子一家が遊びに来る盆と正月、大型連休の3回と付き合いのある人たちと宴席を設ける時の数回程度らしい。


「うちのお爺ちゃんとお婆ちゃんって、豪快なんです。何でもやっちゃえーって感じ。」

「あはは、そんな感じだねぇ、二人とも明るくて楽しそうだし、良いお爺ちゃんとお婆ちゃんだね。」

「はい、二人とも大好きです♪」


 涼菜は笑顔で答えながら、俺を抱きしめる力をギュッと強める。

その様子に桜庭さんは、困ったような笑みを浮かべた。


「ごめんね、昨夜は紗代ちゃんが、王子さま一人占めしちゃって。」

「気にしないでください、あたしは、ゆうくんと先生のこと、応援してますから。」

「そう言ってもらえると有り難いな、紗代ちゃんも頑張らなきゃね。」

「頑張らなくて良いですよ。」

「え?」


 涼菜の言葉に、桜庭さんは戸惑いを隠せない。

応援に応えるために頑張るのは、おかしなことではないし、寧ろ望ましい姿のように思えるだろう。

けれど、そのために無理をすれば、かえって仇になることもある。


「紗代莉さんらしく、自然体でいてほしいってことですよ。そうだろ? すず。」

「うん、頑張りすぎると疲れちゃうもんね。」


 疲れてしまえば頑張ることが出来ずに、焦りが生まれることにもなる。

焦れば心に余裕がなくなり、本来の自分を見失いかねない。


「紗代莉さんは、今でも頑張ってくれてますから、それで十分です。」


 今回の旅行に同行してくれたこと自体が、その証左と言えよう。

更には俺との相部屋を受け入れて一夜を共にしてくれたのだから、これ以上を望むべきではないのだ。


「なんか、紗代ちゃんが羨ましくなって来たなぁ…」


 桜庭さんは目を細めて、俺と涼菜を見つめていた。




 食事のあと、俺たちはマイクロバスに乗り込み、清澄家の墓がある霊園に向かっていた。

結菜の墓参りが今回の旅行の主目的ではあるのだが、参加者の半分は彼女とは交流がない。

なので、皆には俺たちが霊園に行っている間は清澄邸で自由にしてもらって構わないと伝えていたのだが、結局、誰一人居残ることなく全員が同行してくれた。

紗代莉さんが『これもご縁だから』と言ってくれ、皆が頷いてくれた時には涙が出そうになった。


「紗代莉さん、ありがとうございます。みんな来てくれて、ゆいねえも喜びます。」

「礼など要らんよ、私たちが勝手について来ただけだ。」


 窓側に座っている紗代莉さんに話しかけると、彼女は外に顔を向けたまま不機嫌そうに言葉を返した。

声だけ聞けば学園で見せる教師モードのようにも思えるが、こちらを向けば桜色に頬を染めて、はにかんだ表情が見られるに違いない。

先ほど俺が隣に座った時の慌てぶりからも、それが窺えた。


「俺にとっては、あなたが来てくれたことが、一番嬉しいんですけどね。」

「私も…、お前と居られて嬉しいよ…」


 紗代莉さんの囁きは、エンジンの唸りやロードノイズ、少女たちのお喋りに紛れることなく、俺の耳にしっかりと届いていた。


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