第235話 丘の上の邸宅
「ひゃー、でっかい家ー、これが民家とか、信じらんないわー」
「ホントにね、俺は2回目だけど、新鮮に驚くよ。」
4月に立てた計画どおり、〇〇市にある海沿いの丘の上に来ていた。
翔太さんが運転するマイクロバスが敷地の入り口と思しき門柱を抜けると、目の前に、民家と言うには些か大きめの建物が現れた。
「いよー、お嬢さん方、よく来てくれたー」
「長旅お疲れ様、さあ、中に入っとくれ。」
「「「お邪魔しまーす!」」」
先ほど美菜さんがまもなく到着することを知らせていたので、英治さんと園子さんが玄関先で待っていてくれた。
マイクロバスを降りた皆は、挨拶もそこそこに、園子さんに促されて家の中へと入って行く。
「翔太さん、お疲れ様でした、五月蝿くて運転に集中出来なかったんじゃないですか?」
道中の車内は、ほぼ女子会状態だった。
大人が二人いるものの、女子が11人集えば会話が途切れることはない。
次から次へと提供される話題に、皆、しっかりと入ってきて盛り上がる様子には、毎度のことながら感心させられる。
俺はこのような環境には慣れているのだが、はたして翔太さんはどうだろうか。
運転の妨げになりはしなかっただろうか。
「え、なに? あ、耳栓取るの忘れてた。すまん、悠樹、もう一度言ってくれ。」
「…翔太さん、それ、違反にならないんですか?」
「堅いこと言うなよ。お前は良くあんな姦しい車内で、普通にしていられるよな。」
「色々な話題が聞けて、楽しいんですけどね。」
「俺はダメ、まったく、女の扱いが上手いやつは…」
翔太さんはそう言うが、寧ろ俺にしてみれば、美菜さん、結菜、彩菜、涼菜の女性四人と、どうやって暮らしていたのだろうかと首を傾げたくなる。
やれ残業だ出張だと家を空けることが多かったのは、やはり…。
「あれくらいにしておけよ? これ以上増えると大型バスが要るからな。」
締めくくりに余計な言葉をくれた彼に、ファンクラブの話をしてあげようかと悪戯心が湧いてきた。
「うわぁ、庭広ーい、ここでキャンプ出来るんじゃない?」
「本当に凄いわね、ここが将来、悠樹さまのお屋敷になるかと思うと、ゾクゾクするわ。」
「森本さん、やっぱり、本気なんだね…」
「当たり前でしょ? わたしは悠樹さまにお仕えするために、この世に生を受けたんだから。」
「先生ほら、海が見渡せますよ? 素晴らしい眺めですね。」
「ああ、この眺望を毎日拝めるとは、羨ましい限りだな。」
「お兄さまがこちらでお暮らしになれば、先生もご一緒されるのでしょう?」
「あのな…、まあ良い、仮にそうなったとしたら、お前も一緒だろ。」
「ふふふ、そうなれると嬉しいですね。」
「由香里さー、早くゆーちゃんとヤっちゃいなよー、そしたら将来ここに住めるかも知れないじゃん。」
「その言い方やめて、まりちゃんこそどうなのよぉ。」
「んー? アタシはお友達として、遊びに来れれば良いかなー」
「そんなこと言って、もうバレバレなんだからね!」
「ねえねえ、涼菜のお爺さんって、お金持ちなの?」
「分かんないけど、違うと思うよ? ここも安かったから買ったって言ってたし。」
「うーん、固定資産税とか結構すると思うけど…。お兄さん、譲り受けたら早めに売った方が良いと思うな。」
「詩乃、お願いだから、おじいちゃんとおばあちゃんの前では言わないでね?」
「彩菜さん、ここって、バスの便は良いんですか?」
「全然、前に街に出ようと思って、諦めたレベル。」
「じゃあ、車が要りますね。彩菜さんは、免許取ります?」
「面倒臭いからパス、愛花ちゃんは?」
「私は、運転席で視界を確保するか、ペダルに足が届くようにするかの二択なので…」
「ゆうが運転手で良いんじゃない? 私たちは、後ろでゆったりしてれば良いよ。」
「なるほど、助手席じゃないあたりが、彩菜さんらしいですよね。」
お茶を1杯いただいてから庭に出ると、皆、その広さや眺望の良さなど、思い思いの感想を述べている。
ただその内容が、なぜか一つの方向に傾いているのが解せないところだ。
「お前さんも、将来、苦労しそうだな。」
「はは…」
皆の後ろに立っている俺の隣では、英治さんが腕組みをしながら苦笑いを浮かべている。
正直に言うと、ここに到着した時に、英治さんからは何か一言あるのだろうと思っていた。
自分の孫娘だけでなくほかの女性も一度に恋人にした俺を、彼が受け入れる所以はないのだ。
「俺にとっちゃあ、孫娘が、お前さんと一緒にいて笑って暮らせるなら、それで良いさ。あとは、お前さんの甲斐性ってやつだ。」
「甲斐性、ですか。」
「だからよぉ、ここにいる皆、笑っていられるようにしてやれ。それが、甲斐性ってもんだからよ。」
これが度量と言うものなのだろうか。
この人は、世間一般の常識とはかけ離れているようなことでも、自分の物差しでしっかりと計ることが出来る人なのだろう。
その礎となっているのが、自らの経験なのか他からの受け売りなのかは分からないが、この人と話していると勇気づけられることだけは確かだ。
俺は広がる海原を十人の女性越しに眺めながら、暫く冷たさが残る潮風にあたっていた。
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