第234話 血筋

「お帰りなさい、アディー、変わりないようで、ホッとしたわ。」

「嫌だわ、ママ、2ヶ月くらいでは、変わりようがないわよ。」


 俺の祖父・御善隆史とキャロラインさん夫妻の家に来ていた。

アデラインにとって、2ヶ月ぶりの二人との再会だ。

親元から離れて暮らしているとは言っても片道2時間程度の距離なので、彼女はいつでも母親に会いに来ることが出来る。

けれど、キャロラインさんに祖父との時間を大切にしてほしいと思っているアデラインは、これまで一度も顔を見せていなかったのだ。


「お二人も、お変わりなさそうですね。」

「ええ、おかげさまで、毎日楽しく暮らせていますわ、ねえ? 隆史さん。」

「キャロルのおかげだな、そっちはどうだ、皆さん元気なのか?」

「ああ、ご覧のとおりだ、清澄も変わりないよ。」


 今日は清澄姉妹、愛花、アデラインと共に、御善家の墓参りをして来た。

俺の両親が6年前の、兄の和樹が3年前の5月2日に、それぞれ不慮の事故でこの世を去った。

本来ならば今日、5月3日ではなく命日にお参りしたかったのだが、昨日は皆、授業があったので1日繰り延べたのだ。


「皆さんも、墓に手を合わせていただき、ありがとうございます。折角の連休なのに、申し訳なかったね。」

「いいえ、おじさま、お兄さまのご家族でしたら、わたしにとっても家族ですから。」

「そうですね、私たちは皆、家族ですから、当たり前のことをしているだけです。」

「おじさんとおばさんには、お世話になりましたし。」

「かずにいにも、遊んでもらいましたから。」

「そう言ってもらえると、有り難いね。」


 皆、単なる付き合いで来てくれたわけではない。

一人一人が思いを胸に、自らの意思でここに居てくれる。

あらためて、俺は本当に素敵な人たちと巡り会えたのだと思えた。


 祖父は今度はアデラインに近況を聞いた。


「アデライン、学園はどうかな、楽しめているかい?」

「ええ、おじさま、戸惑うこともありますけど、皆さんいらっしゃいますから、いつも助けていただいています。」

「そうか、皆さん、これからも、アデラインをよろしくお願いします。」


 本当はもっと色々と聞きたいこともあるのだろうが、彼はそれ以上何も口にすることはなかった。

キャロラインさん共々、普段からアデラインのことを案じていながらも、娘の意志を理解し尊重しているが故のことだろう。

そしてその想いは、清澄姉妹と愛花にはしっかりと届いている。

祖父の言葉に、彼女たちは優しげな笑顔で応えていた。




「やれやれ、もう、呆れを通り越して、感心しきりだな。」


 祖父に紗代莉さんと恋仲になったことを報告した。

彼は嫌な顔こそしなかったものの、長いため息を吐いて脱力してしまった。


「恋多き年頃なのは分かるが、先行きが心配になるな、まったく、誰に似たものだか。」

「爺さんのほかに、誰がいるんだよ。」


 俺の言葉に、この場に居る女性全員が大きく頷いている。

もちろん、妻であるキャロラインさんにも異論はないようだ。


「ふふふ、隆史さんも何人もの方と、お付き合いされていらっしゃいましたものね。」

「キャロル、それは誤解だ、確かに女性の友人は多いと思うが、私は君以外見てはいない。」

「ふふ、冗談ですわ、でも私、周りの皆さんには恨まれましたのよ? あなたを独り占めしたと。」


「何だか、ゆうのことを聞いてる気がする。」

「うん、ゆうくんも女の子の友達しかいないもんね。」

「ふふ、私たちも、恨まれてるってことでしょうか。」

「いや、流石にそれはないだろ。」


 まりちゃん、由香里さん、あかねさん、桜庭さん、そして詩乃ちゃん。

親しい友人たちが俺の恋人に、たとえ冗談だとしても恨み言を言うとは思えない。

似ているとは言え、祖父と俺とでは女性に対する接し方が違うという証左だろうか。

それとも、単に大人と子供の違いと言うべきなのだろうか。


「ママ、そういう言い方は良くないわ、皆さん、羨ましがっているだけでしょ?」

「ふふふ、きっとそうね、ワインサークルの皆さんは笑顔だったもの。ごめんなさい、隆史さん、私の勘違いのようですわ。」


 祖父の苦笑いを見ると、キャロラインさんの茶目っ気はいつものことのようだ。

多分これが、彼女なりの甘え方なのだろう。

互いに相手の踏み込んで良いラインを見極めていれば、余裕を持って遣り取りが出来る。

この二人は既に、そのような域に達しているのだなと思った。




 皆で賑やかに歓談しているうちに良い時刻になったので、腰を上げることにした。

祖父は駅まで送ると言ってくれたが、すぐ近くだからとお断りした。


「夏休みにまた来るよ、多分、お盆辺りだな。」

「分かった、その時は前田さんも一緒にな、どんな人か会ってみたい。」

「忙しい人だから、どうなるか分からないけど、話してみるよ。」

「そうしてくれ、それじゃあ、体に気をつけてな。」

「爺さんもな、キャロラインさん、今日はお邪魔しました、また来ます。」

「楽しみにしていますわ、アディーをお願いしますね。」

「任せてください、それじゃあ、失礼します。」


 俺たちは別れの挨拶と再会の約束をして、祖父の家をあとにする。

次に顔を出すのは3ヶ月後、その時にはアデラインに宿泊を勧めようと思っている。

彼女の意思に反するかも知れないが、祖父とキャロラインさんなら娘を交えたとしても、互いに幸せを紡ぐことが出来るだろう。

俺は心の中で、祖父が良き伴侶を得たことをあらためて祝福した。


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