第231話 集会場

 紗代莉さんに旅行の話をすると、彼女はここに集った面々をゆっくりと見渡し、ふっと息を吐いてから首を横に振った。


「私は遠慮するよ、教師が居たんじゃ、お前たちも楽しめんだろう。」


 確かに生徒ばかりが集まって遊ぼうとするところに教師が居たのでは、心おきなくというわけにはいかないだろう。

目一杯弾けようと思えば思うほど、疎ましい存在になってしまうに違いない。

けれど、今回に限って言えば、多分彼女の思惑は別のところにある。


「前田先生…」

「何だよ…」

「ここにいる全員、先生と俺のこと、知ってますから。」

「ふえっ?!」


 結局、紗代莉さんが気にしていたのは、彼女と俺の身内以外に俺との関係を知られるわけにはいかないということだった。

いくら俺と桜庭さんのお目付役という大義名分があっても、初見の顔が混じっていたので、ああ言わざるを得なかったのだ。


「皆、俺の身内みたいな人たちばかりなんです。」


 俺がそう言うと読書テーブルを囲む皆が、柔らかな笑みをこちらに向けてくれる。

それを見た紗代莉さんは、今一度ふ〜っと息を吐いてから、俺の胸にとんっと拳をぶつけて来た。


「まったく、お前は…、寿命が縮んだぞ、これで全員だろうな。」


 そう言って、いつもの仏頂面で俺を睨みつける彼女の頬は、ほんのりと桜色に染まっていた。




「ほうお、各学年が揃っての勉強会か。」

「ええ、日次の課題が中心ですけど、皆、熱心に取り組んでますよ。」


 紗代莉さんに、皆が集まっている趣旨を説明した。

最近、学園内では、図書室が ”御善ハーレム” の根城だという噂が流れている。

俺の恋人たちと予備軍(?)と目される数名が、毎日放課後に集会を開いていると言うのだ。

言うまでもなく事実無根なわけだが、これまで数回、図書室利用者が俺たちを見て何も言わずに踵を返したのは紛うことなき事実だ。


「クククッ、なるほどな、このメンバーでお前が居れば、無理もない。」


 先日の校内放送ジャックがこちらの目論見どおりになった形ではあるけれど、学園内で確たる地位を得てしまった身としては何とも言えない気持ちでもある。


「今のところ私の耳には入っていないが、ほかの先生から何か言われたら、纏めて私の監視下に置いたとでも言っておくさ。」

「本当に、いつも申し訳ありません。」

「ふふふっ、先生がこちらへ足を運ばれる、良い口実が出来ましたね。」

「…御善妹、お前、性格が義兄あにに似てると言われないか?」

「ふふっ、お兄さまは私のお手本でいらっしゃいますから、そう言われるのは嬉しい限りです。」

「ふっ、手本がこいつなら、将来有望と言ったところか。まあ良い、3年間、お前も私の監視下だ。」

「はい、ご指導のほど、どうぞよろしくお願いいたします。」


 今の遣り取りを見る限り、紗代莉さんとアデラインの関係は良好のようだ。

頭の切れる二人の軽妙な言葉のキャッチボールは、聞いているこちらが引き込まれてしまいそうになる。

はたして3年間でどれほど関係性を深めて行けるのか、今から先が楽しみだ。




「じゃあ、前田先生もご一緒してくれるってことで、良いのよね。」

「ああ、私も同行させてもらうよ、だが、本当にこの人数で大丈夫なのか。」


 紗代莉さんが心配するのも無理はない。

13名が一度に押しかけるのだから、小さな旅館ならほぼ貸切状態だ。

けれど、海沿いの丘の上に建つ清澄邸なら、心配はいらないだろう。


「部屋割りはこれから考えるとして、部屋の数は足りてるからね。あの家、無駄に広いのよ。」

「あやねえ、無駄は言い過ぎだよー。おかげで、みんな揃って遊びに行けるんだから。」


 昨年のお盆に寄せてもらった時に祖父母の英治さんと園子さんに聞いたところ、土地に合わせて家屋を建てたらこうなったと、二人揃ってカラカラと笑っていた。

思わず維持費を心配してしまったが、あの夫婦にとってそのようなことは瑣末なことだろう。

自分たちの老後の楽しみや、子や孫たちが心休まる場を確保できるのであれば、財を惜しむような人たちではないのだ。


「ねえねえ、清澄さんのご両親って、将来、そこに住む予定なの?」

「それはないんじゃないかな、うちの親、今の家、気に入ってるから。」

「お爺ちゃんとお婆ちゃんも、売るなり住むなり、好きにして良いって言ってるんですよねー」


 確かにそう言っていたのだが、涼菜は言葉が足りていない。

清澄の祖父母は…


『どうせせがれ夫婦はいらんと言うだろうから、この家と地べたはお前さんにくれてやるよ。売るなり住むなり、好きなようにすりゃ良いさ。』


言っていたのだ。

 酒の席での冗談だとは思っても、何分にも、あの英治さんと園子さんだ。

将来あの家の維持費を賄うことになるのは、俺になるのかも知れない…。




 などと遠い将来に憂い(?)を感じていると、あかねさんが司書コーナーにススッと寄って来た。


「悠樹さま、ご相談がございます、少々お時間をいただけますでしょうか。」

「何でしょう、皆に聞かれても良いことですか?」

「ええ、何ら問題はございません、今伺ったお話についてでございます。」


 あかねさんは瞳を輝かせて、両手を胸の前で組み懇願するような姿勢になっている。

このような時の彼女には要警戒だ。


「何か、今回の旅行に心配事でもありますか?」

「いいえ、そのことではなく、悠樹さまの将来に関することでございます。」


 読書テーブルに目をやると、彩菜と涼菜、愛花が額に手を当ててため息を吐いている。

三人とも、俺同様、あかねさんが何を言い出すのか想像できているようだ。

はたして、彼女が口にしたのは…



「あなたさまがお屋敷をお持ちの際には、ぜひ、わたくしをメイド長としてご指名くださいませ! あなたさまと奥さま方のために、誠心誠意、尽くす所存にございます故、ぜひに! ぜひに!」



キンコーンカンコーン♫


 あかねさんが一息に戯言を吐いたタイミングで、図書室の利用終了を告げるチャイムが鳴った。

彼女にとっては、無情の鐘と言ったところだろう。


「時間だ、図書室を閉めるぞ、アディー、後片付けだ。」

「承知しました、お兄さま。さ、皆さん、ご利用はここまでです、どうぞご退室ください。」


「「「はーい。」」」


「先生も、ありがとうございました、今日も残業ですか?」

「いや、今日は何もない、私も帰るよ。」

「それじゃあ、駅までご一緒しますね。」

「そ、そうか…、うん…(嬉しい…)////」


 こうして皆が帰り支度をする最中さなか、図書室にはあかねさんの叫び声だけがこだましていた。



 あうぅぅぅ、悠樹さまぁぁぁぁぁぁ ……… ・・・ ・ ・  ・


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