第225話 淡い青

 ”校内放送の乱”の翌日、晴れて交際が認められた俺と桜庭さんは、早速連れ立って買い物客で賑わう午後のショッピングモールに来ていた。

もちろん、監視役の前田も一緒だ。


「と、まあ、昨日の設定で出て来てみたけど、なんか拍子抜けぇ。」

「ええ、学園で見かけた顔はありましたけど、皆、気づいてませんでしたね。」


 実のところ、このようなものかも知れないと思っていた。

 俺と桜庭さんは、土曜日の今日は当然の如く私服で出歩いている。

親しい間柄なら別だが、平日の制服姿しか見たことがないような学園生であれば、ちょっと視界に入った程度で俺たちだと認識されることはないだろう。

 極め付けは紗代莉さんだ。

学園での彼女は、服装はバリキャリ風にビシッと決めて、メイクも厳しめの女性教師然とした雰囲気を醸している。

けれど今日は、全体的にふわりとしたコーデに淡く柔らかなメイクを合わせて、以前俺が見違えたように、可愛いめの大学生にしか見えない。

これでは学園の教職員であっても、容易に気づくことはないと思う。


「この中で気づかれるとしたら、やっぱり王子さまかな。」

「ああ、確かにな。これだけデカいんじゃ、歩く広告塔と言ったところだろう。」

「背が高い男子はほかにもいますよ。顔も目立たないから、そんなことないと思いますけど。」


 紗代莉さんと桜庭さんが目を丸くしている姿を見て、またやってしまったことに気づいた。

自身がそう思っていないだけで、どうやら俺は世間では美男とかイケメンなどと言われる部類に入っているらしい。

自覚がなければ注意のしようもないわけだが、そろそろ何とかしないと皆に呆れられる一方となる。


「すみません、今の発言は撤回します。記憶から削除してください。」

「ふっ、そのままで良いんじゃないか? お前らしいだろ。」

「そうだね、それも魅力の一つだってことかな。」


 二人の反応に、戸惑ってしまった。

これまで散々何とかしろと言われて来たのに、今度は寧ろそれで良いという評価をいただいてしまったのだ。

しかも思い起こせば、桜庭さんからは無自覚な発言を繰り返すが故に『放し飼い禁止』令が発せられたことがあった筈だが…。


「紗枝ちゃん、そんなこと言ったのか、まあ、分からなくもないが。」

「あの時は、被害者が続出するんじゃないかって、本気で心配したんだよねぇ。」

「俺って、そんなに見境なさそうに思われてたんですか…」

「清澄さんとの感じを見ればヤバいと思うって、あれであの人がいなかったらと思うとゾッとしないね。」


 桜庭さん曰く、『学園の姫君』という存在がなければ、俺の周辺は大変な事態になっていたとのこと。


「今だって、何人も彼女がいるって知られてるのに、ファンクラブまで出来ちゃうんだよ? 末恐ろしくて震えが来ちゃうよ。」

「何人もいませんよ、四人だけです。」

「四人は『だけ』じゃないからね?!」


 (主に桜庭さんが)あまり騒いでいると結局誰かに気づかれそうなので、面倒なことになる前に三人でモール内を巡ることにした。

大型連休前ということもあってセール時期には早いのだが、プレセールと銘打って夏物衣料を提供している店舗がちらほら見受けられる。

俺たちはそのような店舗を中心にショップを渡り歩き、各々好みの衣類を物色していった。


 一頻り歩き回って喉が渇いたので、休憩がてらコーヒー店に入った。

紗代莉さんと桜庭さんは、それぞれ2店舗分のショップバッグを携えていた。


「お前、女物の店に入るの、本当に平気だよな。」

「いつも、あやたちと一緒に買い物に来てますからね。」


 流石にランジェリーショップに一緒に入っていることは言わなかった。

言ってしまえば、紗代莉さんがわたわたしてしまうのが目に見えているからだ。

はたしていつかこの人とも、あの店に入れる日が来るのだろうか。


「外待ちしてる男の人も結構いるけどねぇ。そういえば、紗代ちゃん、さっき王子さまに選んでもらってなかった?」

「え、あ、うん、サマーセーター…、選んでもらった…」


 紗代莉さんが新作のサマーセーターを繁々と眺めていたので声をかけると、形は気に入ったのだが彼女が好きなピンクがないとのこと。

夏物は寒色寄りになることが多いので、こればかりは致し方ない。

紗代莉さんが残念そうにしていたので、彼女には淡めの青も似合うと思い1着選んで勧めたのだ。


「紗代莉さんはピンクがお好きみたいですけど、ペールブルーのゆったりめのものにしました。よく似合ってましたよ。」

「う、うん…、あれ…気に入った…、その…、ありがとう…」

「どういたしまして、あの店良いですね、また一緒に行きましょうか。」


 あの店には紗代莉さんに似合いそうな服が揃っていた。

今度は二人でテーマを決めて、コーデを楽しむのも良いかもしれない。

そう思って話を振ると、彼女は頬を桜色に染めて返事をくれた。


「うん…、行く…////」

「うわー、誰、この乙女、こんな紗代ちゃん見たことない。」

「や、だって…、こんなの初めてだし…、嬉しかったんだもん…////」


 こちらにちらりと目線をくれる紗代莉さんが、可愛らしくて堪らない。

やはり俺には、自分の素直な気持ちを伝えずにいることなど出来そうにない。

想い人になら尚更だ。


「やっぱり、紗代莉さんは可愛い人ですね。大好きです。」

「あうぅ…(恥ずかしいよぉ…)////」

「もうだめ、お腹いっぱい、わたし、帰って良い?」


 俺は羞恥のあまり縮こまってしまった愛しい女性ひとを暫し見つめて過ごしていた。


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