第222話 放送室
4月の第3金曜日、今は4時間目の授業の真っ最中。
あと10分もすると午前の授業が終わり、皆が心待ちにしている昼休みになる。
昼御飯を摂り、友人と駄弁り、昼寝をし、思い思いに時間を使う。
ひょっとすると、恋人と密会している生徒もいるかも知れない。
平素であれば、俺も前者2つを楽しみつつ1時間を過ごしているのだが、今日ばかりは事情が違っていた。
今から30分後に『首席座談会』の放送が待ち構えているのだ。
各学年の入学試験首席合格者が集う放送部主催のこの企画、偶々三人ともよく知る間柄なので事前に打ち合わせをして対策を練ることが出来た。
けれど、今回の司会者は一筋縄ではいかない曲者だ。
きっと今頃は授業そっちのけで、如何にして俺たちを弄り倒そうかと画策しているに違いない。
はたしてこの戦いに勝利するのはどちらなのか。
まもなく決戦の火蓋が切られる。
「ゆーちゃんさー、そんな力まなくても、なるようになるってー」
「そうそう、どうせ奏美が相手なんだし、適当にやっちゃえば良いよぉ。」
「涼菜さんの案で行けると思うよ? ただ、あとが大変かも知れないけど。」
「三人とも、
昼休みに入り、いつものメンバーと食事をしていた。
あと5分ほどで放送室に行かなければならない俺は、弁当ではなくサンドウィッチを口に押し込んでいる。
確かに皆の言うとおり、座談会自体は何とか乗り切ることが出来るだろう。
けれど、あのニヤニヤ笑いの女子と放送室で30分も相対するのかと思うと、それだけでげんなりしてしまうのだ。
「奏美が苦手じゃない人なんて、この世に居ないってー、ほら、これ飲んで、元気出しなよー」
まりちゃんが鞄から取り出したのは、1本の栄養ドリンクだった。
俺が突然のことにキョトンとしていると、彼女は苦笑いしながら茶色の小瓶を机の上にコトリと置く。
「奏美相手じゃしんどいと思ってさー、飲んどくと違うと思うよー?」
「くすっ、ホントにそうだね、ありがとう、いただくよ。」
栄養ドリンクのキャップを外して、口の中にグイと中身を流し込むと、口腔を満たす苦味と甘味が萎えていた気持ちをキュッと引き締めてくれた。
ドリンクを飲み切って空き瓶を机に置けば、まりちゃんは当然のように自らの手元に引き取ってくれる。
俺はその心遣いを有り難く感じながら、女子三人に断りを入れて放送室へと足を向けた。
「失礼します、2年の御善です。」
「君が御善くん? 放送部部長の早川です、お昼休みにごめんね?」
「いえ、構いませんよ、ほかの二人はもう来てるんですか?」
「うん、たった今、収録室に入ったところ、君も入っちゃって。」
「分かりました、よろしくお願いします。」
放送室のアンプなどが置かれた小部屋で放送部の部長に迎えられ、そのまま奥のドアから大きなガラス窓の向こうにある収録室に入った。
収録室といっても何か特別な設備があるわけではなく、資料が詰め込まれた扉のない書棚で壁面を埋め尽くされ、中央に折り畳みテーブルとマイクが置かれているだけの然して広くもない部屋だった。
今からここに30分缶詰になるのだ。
中央のテーブルの奥側には既に涼菜とあかねさんが控えていて、俺に向かって笑顔を見せていた。
そしてもう一人、手前には司会者の奥寺さんが座っているのだが、例のチェシャ猫のようなニヤニヤ顔をいつにも増して輝かせていた。
「おー待ちしてましたー、御善くんは、わたしのお隣へ、どうぞどうぞー」
「奥寺さん、席の配置はこうしたいんだけど、良いよね。」
既に楽しげにしている奥寺さんに、こちらから軽く仕掛けてみる。
俺が一声かけて涼菜とあかねさんの間に椅子を移すと、彼女は両手をバタバタさせながら大慌てで取り戻しに来た。
「どひゃー、ちょっと待ってちょっと待って、なんでそゆことしちゃうわけ?!」
「生放送で失敗しないように、奥寺さんにもらったシナリオにメモ書きして持って来たんだよ。三人で確認しながら答えさせてもらおうと思ってね。」
「いやー、それはちょっとー…」
「ちょっと奥寺、シナリオって何のこと?」
「ひっ?!」
奥寺さんの後ろには、いつの間にか早川部長が立っていた。
放送開始時刻が近づいたので、俺たちのセッティング状況を確認しに収録室に入って来たのだ。
「これです。この内容で質問を受けると聞いてますけど、違うんですか?」
「ちょっと拝見……、ふーん、なるほどね。」
俺からシナリオを受け取った早川部長は、こめかみをひくつかせながら目を通して行く。
やがて最後まで読み終えてから奥寺さんを睨みつけた彼女の顔は、般若と見紛うばかりとなっていた。
「奥寺〜、お前、一体この人たちに、どんな悪戯を仕掛けるつもりだったんだ〜?」
「滅相もない滅相もない! ただ、ちょこ〜っと面白くしたかっただけでー…」
「お・く・で・ら〜? 放課後、必ずここに顔を出すんだぞ〜?」
「わ、わ、分かりましたでござりまするぅぅぅぅ!」
早川部長は、これ以上は不可能ではないかと思われるほど床に這いつくばって平謝りしている奥寺さんの首根っこをがっちり掴み、放送室の外へポイと投げ捨てた。
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