第221話 明日になれば

 紗代莉さんと肩を並べ、駅に向かって歩いて行く。

二人とも我が家を出てから一度も口を開いていない。

既に陽は西に傾き、二人の影は長く伸び始めていた。


 少し視線を落としながらもしっかりとした足取りで歩を進めていた紗代莉さんが、突然ピタリと立ち止まりポツリと言葉を漏らした。


「情けないな。」


俺は足を止め、何も言わずに彼女の次の言葉を待つ。


「ちょっとすれ違いを指摘されただけで、落ち込んでしまったよ。まあ、『恋愛初心者』では、致し方ないか。」


 紗代莉さんは、自らの言葉を体現するかのように俯いてしまった。

彼女はきっとこれまで、何事にも自信と余裕を持って取り組んで来たのだろう。

まともに話をするようになってから3ヶ月ほどではあるが、俺の要求への対応などを見ていると、彼女の手並みは実に見事なものだった。


「浮かれ過ぎかも知れんな、今まで男に縁がなかった姥桜が狂い咲きすれば、こんなことにもなるさ。」


 紗代莉さんが語ることは、多分、俺にも当て嵌まる。

俺は今まで、自分の方から想いを伝えて恋を実らせたことがなかった。

恋の成就よりも"恐れ"が先行してしていたことで、臆病になっていたからだ。

 この恋は、俺にとってある意味、初恋と言っても良いのかも知れない。

つまりは、俺も『恋愛初心者』ということなのだろう。


 しかし、だからと言って、このまま立ち止まりたくはない。

もっと考えよう、いつもの俺ならこのような時どうするのか。

紗代莉さんに顔を上げてもらうためには、何をすべきなのか。


 俺と紗代莉さんは、交わす言葉もないまま、再び歩き始めた。




 翌日の放課後、月曜日と同じメンバーが図書室に集まり日次の課題を済ませたあと、皆で話をしていた。

話題は明日に控えている『首席座談会』のことだ。


「いよいよ明日かあ、ゆうとすずは大丈夫だとして、心配なのはあかねだなあ。」

「ちょっと彩菜、わたしの何が心配なのよ。わたしは、悠樹さまのためにも、精一杯…」

「それよ。あんた、ゆうのことになると、暴走して何言い出すか分からないじゃない。」

「あー、森本さんなら、生放送で放送禁止用語、連発しそうだもんねー」

「桜庭さんまで、変なこと言わないでよ。わたしほど良識を持った人が他にいる? まったく、失礼しちゃうわ。」


 多分このメンバーの中で、もっとも『良識』という言葉から縁遠い人が息巻いている。

ただ、あかねさんの場合、俺が絡んでいる時にのみ良識に欠く行動に出るので、ほかの生徒からどのように見られているのかは承知していない。

明日の放送で学園内での彼女の立場が変わらなければ良いと思うが、はたして…。


 あかねさんを中心にギャンギャン騒いでいる3年生組に対して、1・2年生は至って冷静に構えていた。

こちらは特段の心配事はないということなのだろうか。


「明日が本番なのに、涼菜は全然平気そうだね。なんか、わたしの方が緊張して来ちゃう。」

「あはは、詩乃が緊張してどうするの。入学式よりは全然平気、周りに人がいないし、ゆうくんとあかねさんが居てくれるもん。」

「寧ろ涼菜は自然体でお話できる分、楽なのではないでしょうか。いつもどおりにすれば良いのでしょう?」

「うん、そのつもり。んふふ〜、なんか楽しみになって来ちゃった♪」


「ねー、神崎ちゃん、自然体の妹君いもうとぎみって、どんな感じ?」

「ん〜、難しいですね。今も自然体と言えば自然体ですけど、Level.1程度でしょうから。」

「Level があるんだぁ、それって幾つまであるの?」

「5段階…、いえ、10段階くらいはあるかも知れませんね。」

「ってことは、神崎ちゃんにも分からないってこと?」

「ええ、多分、私が知ってる最高は Level.5程度じゃないかと、その上は悠樹しか知らないと思います。」

「あー、そういうことかー」

「え、まりちゃん、どういうこと?」

「由香里には、一生かかっても分からないことだから、気にしなくて良いよ。」

「あー、そんなこと言うんだぁ。ホントは、まりちゃんも分かってないんでしょう。」

「どーかなー? ね、ゆーちゃん?」


 きっとどのように答えても弄られるだけだと思い苦笑いだけ返しておいたのだが、何も答えられないのは怪しいと茶々が入り、結局弄られることになってしまった。

ただ、この程度はいつものこと、日常の戯れに過ぎない。

きっと明日の昼休みは、このようなわけには行かないだろう。

はたしてどのようになるのかを考えると、何だか胃が痛くなって来た…。




 帰り際に桜庭さんから声をかけられ、保冷温ポットを渡された。

受け取った重さから、中身が空になっているのが分かりホッとした。


「紗代莉さんの様子はどうですか。」

「平気っぽく見せてるけど、あれは相当落ち込んでる。」

「そうですか…」

「ねえ、何とかしてあげられそう? あんな紗代ちゃん、見ていたくない。」

「ええ、一つ考えていることがあります。ただ、ここではちょっと。」


 俺は桜庭さんと連絡先を交換して、あとでメッセージを入れることにした。

『首席座談会』も大事だが、俺にとって、紗代莉さんとのことはさらに大事だ。


 俺が考えたことは、然程難しいことではない。

それがはたしてどのようなことなのかは、また後程の話とさせていただこう。


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