第218話 揃い踏み

 放課後になり、アデラインと二人で図書室利用開始の準備をしていると、涼菜と詩乃ちゃんが出入り口にひょこっと顔を見せた。


「ゆうくん、アディー、まだ入っちゃダメ?」

「もう良いよ、窓際の一番奥のテーブルを使ってくれ、そこがいつもの場所なんだよ。」

「はーい、お邪魔しまーす♪」

「お兄さん、こんにちは、わたしもお邪魔しまーす。アデラインさん、頑張ってねー」


 涼菜と詩乃ちゃんはスカートが翻るのも構わずに、元気よく鞄を振り回しながら図書室の奥へと駆けて行く。

高校生になったと言うのに中学生の時と何も変わらない二人の姿に、俺とアデラインは顔を合わせてくすくす笑いながら準備を進めていった。


 図書室を開けてから15分が過ぎると、普段はほとんど利用者がいない読書テーブルに8名の女子生徒が陣取っていた。

最奥のテーブルには3年生の彩菜と桜庭さん、あかねさん、1年生の涼菜と詩乃ちゃんが、隣のテーブルには2年生の愛花とまりちゃん、由香里さんが座っている。

俺が知る限り、これだけの人数が一度に図書室を利用するのは始めてではなかろうか。


「これだけ蔵書が揃っているのに、皆さん利用されないのですね。」

「調べ物はネットで済むし、小説の最新刊が読めるわけでもないしね、仕方ないんじゃないかな。」


 今日集った面々も蔵書に手をつけている者はおらず、皆一様にノートにシャーペンを走らせている。

斯くいう俺とアデラインも、司書コーナーで皆と同じように教科書とノートを広げて、今日の授業で出された課題に取り組んでいた。


 元々は俺と彩菜が課題を持ち帰りたくないが故にしていたことだが、新学期に入ってから、皆ですると弱点を補い合えて良いのではないかと提案があり、こうして顔見知りが集まったのだ。


「ふふ、確かにこれでは甘えるどころではありませんね。」

「だろ? さ、俺たちもさっさと片付けようか。」


 今日皆で勉強会を開くことを提案したのは、まりちゃんだった。

由香里さんが定期試験で20位以内を目指すことを明言したのに触発されたのか、彼女も苦手を克服して上を目指すと言い出したのだ。

2年生になって大学進学が現実味を帯びてきたこともあるのだろうが、これまであまり集中して学習に取り組む姿勢が見られなかった彼女がやる気になったのは喜ばしいことだ。

まりちゃんの折角のやる気が途切れないように、出来るだけ見守ってあげたいと思う。


 自分の課題が片付いたのでノートを閉じて隣を見ると、アデラインも課題を終えたところだった。


「アディーはすんなり熟したみたいだね、その分だと教えることはなさそうかな。」

「授業が始まったばかりですから、あまり難しい課題ではないようです。きっとこれから難しくなってくるのでしょうね。」


 今年の1年生にはどのような課題が出ているのか興味があったので、先ほど自習に取り掛かる前にアデラインに見せてもらったのだが、決して彼女が言うようなレベルのものではなかった。

それが証拠に読書テーブルで同じ課題に取り組んでいる詩乃ちゃんは、涼菜に教えてもらいながら何とか進めているような状況だった。

 実は以前、前田からアデラインの入試成績を受け取っていた。

それを見ると彼女の試験順位は12位、入試成績で上位1割に位置しているのだから、今日の課題を然程難しく感じないのも頷けると言うものだ。


「前に学園うちに合格する自信があるって言ってたし、きっとアディーはこれまでたくさん勉強して来たんだろうね。」

「母から離れて暮らすと決めた時には、まだどの高校に行くことになるか分かりませんでしたし、おじさまに将来の可能性を広げられると教わりましたので。」

「そっか、それをしっかり実行できるんだから、アディーは偉いな。」

「ふふふ、ありがとうございます。お兄さまに褒めていただけて嬉しいです。」


 掌を頭に添えて優しく撫でてあげると、アデラインは頬を桜色に染めながらふわりと可憐な笑みを浮かべる。

その表情は以前彼女が見せていた蠱惑的なものではないけれど、この子を大切にしてあげたいと思うには十分すぎるほどに眩しい微笑みだった。




「これが座談会のシナリオなの? なんか、ありきたりだね。」


 皆が課題を済ませたところで、今日、奥寺さんから入手した『首席座談会』のシナリオを涼菜とあかねさんに手渡した。

あかねさんの手元を覗き込んだ彩菜が口にした言葉が、皆の印象を代弁している。

そこには何の捻りもない、とても高校生らしい優等生的な質問ばかりが並んでいた。


「これは出たとこ勝負だと思った方が良いだろうな。」

「ねえ、ゆうくん、奥寺さんってどんな人なの?」


 小首を傾げる涼菜の質問に、まりちゃんが実に的確な答えをくれた。


「予測不能のマシンガントークで相手を蜂の巣にする感じだねー、アタシはあの子、苦手だわー」

「と言うか、相手をイラつかせることにかけて右に出るものはいないでしょうね、私も苦手です。」


 以前遣り取りした時のことを思い起こしているのだろう、愛花が苦々しい面持ちで追従する。

理を重んずる彼女にとって、奥寺さんは対局に位置する者と言って良いかも知れない。


「愛花ちゃんがそう言うくらいだから、相当な子なんだろうね。」

「予測不能ってことは、王子さまの言うとおり、出たとこ勝負しかないんじゃない?」

「そうね、自然体で受けて立つしかなさそうだわ。」


 2年生組の情報から、3年生の首席さまは腹を括ったようだ。

もう一人の首席さまである涼菜も俺たちと同じ意見だろうと思ったのだが、彼女はそれとは別の方策を提案して来た。

俺的には如何のものかと思いもしたが、女子たちが揃って賛同したこともあり、その方向で対処することした。

 

 はたしてそれがどのようなものなのかは、『首席座談会』の本番にて披露させていただきたい。


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