第217話 司書当番

 新学期になって2度目の月曜日、今日から1年生も通常授業となり、本格的に学園生活が始まった。


 それと時を同じくして、今年入学した美少女二人の噂が学園内に広まり始めた。

早速、どのような子か見に行こうとした2・3年生男子もいたようだが、俺の身内と分かるや否や、皆、諦め顔で引き返して行ったらしい。

小耳に挟んだ話によると、学園内では、俺に近い美少女=俺が囲っている、という図式が出来上がっているとのこと。

ハーレム持ちと言われることもそうだし、恋人を顔で選んでいるように思われるのは心外だが、側から見ればそうとしか思えない状況になっているのは事実だろう。


 今日からは委員会活動も平常運転に戻り、俺は4週間ぶりに司書当番として昼休みの図書室に来ていた。

先月までは彩菜がもう一人の当番として司書コーナーに居たわけだが、今、俺の隣には噂の1年生美少女の一人が座っていた。

彼女はプラチナブランドの髪を纏わせた頭を俺の左肩にぽとりと預け、幸せそうに瞼を閉じている。

俺の左手は彼女の両手にキュッと捉えられて、暫く離してもらえそうになかった。


「ふふ、お兄さまとこうして過ごせるなんて、夢のようです。」

「大袈裟じゃないか? これくらい、うちでだって出来るだろ?」

「うちではいつも、恋人のお三方がいらっしゃいますから、義妹いもうとのわたしが皆さんを差し置いて甘えるのは憚られます。」

「遠慮しなくても良いのに。」


 空いている右手を伸ばしてサラサラとした髪の上からやんわりと撫でてあげると、アデラインは少しくすぐったそうに肩を捩りながら更にその身を預けて来た。


 彼女の生い立ちを考えれば、このように甘えられる相手がこれまで居なかったであろうことは容易に想像できる。

しかも母親の幸せを願って一人暮らしを決意するような気丈な少女なのだから、誰かに甘えようとすら思っていなかったのかも知れない。


 そんなアデラインが心を許せる相手を見つけることが出来て、それが俺だというのならこれほど嬉しいことはない。

俺は彼女が肩肘を張らずに本来の姿で居られる場所を作ってあげたいと思っているし、彼女には凛とした空気を纏う大人びた美少女ではなく、喜怒哀楽の表情を遠慮することなく見せられる15歳の少女らしくあってほしいと願っているのだから。


「放課後は…」

「うん?」

「放課後は皆さんいらっしゃるでしょうから、このようには出来ませんね…」


 アデラインは声のトーンを落として、寂しそうに呟く。

俺の左腕は、彼女の胸元にギュッと抱かれていた。


「俺は構わないし、アディーに甘えてもらえるなら寧ろ嬉しいよ、あやたちも何も言わないと思うけどね。」

「そうでしょうか…」

「もしも何か言われるとしても、『アディーは甘えっ子だね』ってところじゃないかな。」

「ふふ、私はお兄さま限定の甘えっ子ですから、間違いありませんね。」


 アデラインは口元に笑みを浮かべているが、いつもの澄んだ声音を取り戻すまでには至っていなかった。


「ねえ、アディー、放課後、みんなの顔を見てからどうするか決めると良いよ。ただ今日だけは、そもそも甘えている場合じゃなくなるかも知れないけど。」

「あの、それは一体どういうことなのでしょう。」

「くすっ、放課後になってからのお楽しみかな。そろそろ、昼当番は終わりだね。教室に戻ろうか。」

「もう、お兄さまったら。分かりました、放課後の楽しみに取って置くことにします。鍵は一度、職員室に戻せばよろしいですか?」

「そうだね、借りた時みたいに一緒に行こう、これから毎回そうしようか。」

「はい、そうしていただけると嬉しいです。」


 アデラインは翠眼を細めて嬉しそうに微笑む。

両手で持った図書室の鍵を口元に掲げる様子は、クロスに唇を寄せる聖女を思わせた。




 5時間目が終わった休み時間に来客があった。

放送部の奥寺さんが、今週末に予定されている『首席座談会』のシナリオを届けてくれたのだ。


「おー待たせしましたー、こちらが今回のシナリオでーす。何卒お納めくださいませー」


 跪いて恭しく掲げる奥寺さんから、苦笑いを浮かべつつシナリオを3枚受け取った。

コピー用紙の表裏に話のネタが記されただけの、実に簡単なものだ。


「ありがとう、放課後に皆と読ませてもらうよ。司会は奥寺さんだよね、本番前の打ち合わせの予定はあるの?」

「いやいやー、私はネタ振りとタイムキープするだけだからー、そんなん要らないっしょー」

「だろうと思ったけどね、当日は放送室に行けば良いんだよね、時間は?」

「んとねー、12時45分には入ってほしいかにゃー、50分に放送開始だかんねー」

「ん、了解。それじゃあ、次に奥寺さんと会うのは、金曜日ってことだね。」

「にひひー、それまで私に会えなくて寂しいー? ひょっとして、私もハーレム入りってことかにゃー? どっかホテル予約しとくー?」

「それはないから、じゃ、また金曜日にね。」

「にゃはー、フラレちったー、じゃーじゃー、まったねー」


 奥寺さんは元気よく叫びながら、この場をあとにした。

分かっていたこととは言え、奥寺さんとコミュニケーションを取るのは本当に一苦労だ。

近々時間を見つけて、5組の生徒や放送部員に対処方法をご伝授いただくことにしよう。


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