第215話 情報収集
「え、成沢先生なんですか?」
『そうだ、成沢先生が放送部の顧問だ、お前は随分と彼女に縁があるな。』
「良縁なら嬉しいですけどね。しかしそうすると、立ち会いは期待できませんね。」
『そうだろうな、どうしても必要なら、私にお鉢が回ってくるだろうが、話は来てないぞ。』
新学期が始まって2週目の月曜日、午前授業の合間を縫って前田と連絡を取っていた。
話の内容は、校内放送で予定されている『首席座談会』に関することだ。
初めはこちらからメッセージを送ったのだが、これまで彼女は職員室でスマホを弄っていなかったことから彼氏でも出来たのかと勘ぐって来る教師がいたらしく、ならばいっそのこと廊下に出て通話してしまえと言うことで今に至っていた。
ちなみに俺も廊下の隅っこで通話している。
「この状況で生放送は危険ですね。」
『寧ろ録音よりもマシじゃないか? 向こうの都合の良いように編集されずに済む。』
「なるほど、それはありますね、一発本番で上手くコントロールした方が良さそうだ。」
『放送は職員室にも流れる、ヤバいことにはならんと思うがな。』
そう願いたいものだが、あの奥寺さんが関わっているのだから安心は出来ない。
当日の放送時間は30分程度になるので、時間配分を考えて、質問事項を絞り込んでいる筈だ。
粗々でも台本くらいは用意するだろうから、それを早めに入手して対応策を検討するのが良さそうだ。
「だと良いですけどね。ありがとうございました、時間もないので、これで切りますね。」
『あ、ちょっと待て。』
短い休み時間中の通話とあって、あまり長くは話していられない。
前田に礼を言って通話を終わろうとしたところで、彼女から待ったがかかった。
ほかに何か用件があるらしい。
『来週…、水曜日に、行く…』
「水曜日、ですか?」
『うん…、家庭訪問…』
控えめな音量で途切れ途切れに伝えられた内容は、以前前田が涼菜とアデラインの二人と約束した家庭訪問の日程を告げるものだった。
声の感じから、俯き気味にはにかみながら言葉を紡ぐ彼女の姿が目に浮かぶ。
俺は美味しいココアをご馳走する約束をして、通話を終えた。
「食事中にごめん、奥寺さんは居るかな。」
「あー、ちょっと待って、奥寺ー、御善が用があるってー」
昼休みになり、俺は2年5組を訪れていた。
理由はもちろん、奥寺さんから『首席座談会』の台本を入手するためだ。
「やーやー、御善くん、お待たせー、今日は彼女はいないんだねー」
「いつも一緒ってわけじゃないからね。聞きたいことがあるんだけど、少し時間もらって良いかな。」
「もちろん、オッケーでーす。そだ、廊下じゃ何だからー、うちの教室に入ろっかー。あ、でもでも、浮気の申し込みだったりすると、ここじゃまずいー? どするー?」
「相変わらずそのノリなんだね…。聞かれて困る話じゃないから、教室にお邪魔するよ。」
2月に話をした時と同じノリの奥寺さんに若干気圧されながらも、彼女に連れられて教室に入り窓際の席に座った。
今まで顔を見せたことがない俺が入って来たからだろう、何人かがこちらに注意を向けている。
「聞きたいことってアレでしょー? ズバリ『首席座談会』!」
「うん、あらかじめ、どんなことを話せば良いのか確認しておきたくてね、そうだ、司会者は居るんだよね。」
「うわー、新学期になったばっかなのに、彼女だけじゃなくて、彼氏もせっかちさんだなー。ひょっとして御善くん、あっちの方も、せっかちさん? 前戯なし派?」
「御善ってそうなんだ…」「うわー、鬼畜…」「彼女が可哀想…」「 」「 」・・・
奥寺さんの言葉に周囲が騒ついている。
この子と話をしていると、頭が痛くなりそうだ。
「そんな話してないよね、新入生もいることだし、早めにメンバーと打ち合わせを始めたいんだよ。」
「にゃははー、ごめーんちゃい、二人のプレイに口出しちゃいけないよねー。シナリオはもちっと待っててー、あ、企画書だけ持ってくー?」
「そうさせてもらうよ、シナリオっていつ頃出来そう?」
「今週いっぱいかなー、そだ、本番は来週の金曜日だかんねー、本番と言っても…」
「そこまで! 了解、企画書と今の情報は、あとの二人と共有しておくよ。」
「最後まで言わせてよー、ホーント、せっかちさんてさー…って、あれ? 御善くん御善くん、新入生の首席さまって誰だか知ってんの?」
「うん、新入生も3年生も知り合いなんだ。」
「何それ、ひょっとして、首席さまって世襲制?」
「二人とも、俺の親でも子でもないよ、じゃ、シナリオよろしくね。」
「ちょっと待ってちょっと待って、まだ話が…」
奥寺さんが何か叫んでいるが、最低限必要な情報は得られたので、2年5組の教室をあとにした。
今週いっぱいでシナリオが上がるのであれば、週明けには打ち合わせが出来るだろう。
廊下を歩きながら企画書を斜め読みした俺は、とある名前を見つけて足を止めてしまった。
司会:2年5組 奥寺奏美
シナリオ次第とは言え、本番は如何様にでもなると高を括っていたけれど、どうやら一筋縄では行きそうにない。
はたして本番が無事で済むのかは、彼女の胸先三寸次第となりそうだ。
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