第214話 委員決め

 4月の第2月曜日、私こと、アデライン・グリーン・御善は、清澄家の食卓で美菜さんが用意してくれた朝食をいただいていた。

今朝テーブルに並んでいるのは、だし巻き卵、お麩と若布の味噌汁、お香こ、そして姫茶碗に2口ほど装われた白ご飯。

元々朝食を食べていなかった私のために、少量ずつが器に収まっている。

清澄家に寄せてもらってまもなく一月、こちらの生活にも大分慣れて来ていた。


 私がこの家で使わせてもらっているのは2階の奥の6畳大の洋室、今はもう帰らぬ人となった長女・結菜さんの部屋だ。

初めてこの部屋に案内してもらった時は、まだ誰かが暮らしているものと思い戸惑った。

けれど、事情を話してもらい、それでもなお私に使ってほしいと言われ、その想いを受け入れることにしたのだ。

 私は多分、3年後にはこの家を出ることになる。

その時まではしっかりとこの部屋を預かり、綺麗な状態でお返ししたいと思っている。


「アディー、おはよう。もう、出られそう?」

「おはようございます、涼菜、準備万端です。いつでも出られますよ。」


 朝食を終えてマウスケアを済ませたところで、お隣から涼菜が迎えに来てくれた。

本来この家の娘である彼女が、下宿人の私をお隣の御善家から迎えに来ることは、他人ひとから見れば違和感があるかも知れない。

しかし、涼菜と姉の彩菜さん、そして神崎愛花さんが、私の義兄である悠樹さんとお隣で同棲していることを承知している私や彼らの理解者からしてみれば、寧ろ自然な成り行きに感じられる。

一つの家族がお隣同士に分かれて暮らしている感覚と言って良いと思う。


「美菜さん、行ってまいります。」

「行ってらっしゃい、アデライン、気をつけてね。」


 出がけの挨拶をして玄関を出ると、私と同じ稜麗学園の制服を着た面々が待っていてくれた。

私は中学生の時、ほとんど一人で通学していたので、とても新鮮な気分だ。

3年生の彩菜さん、2年生の悠樹さんと愛花さん、そして1年生の涼菜と私。

今日のように晴れた日ばかりでなく、雨の日も雪の日もこれからは毎日、五人で学園への通学路を歩くことになるのだから、大袈裟かも知れないけど運命共同体と言っても過言ではないと思う。

私は内心ワクワクしながら、皆と歩く初めての一歩を踏み出した。


 通学路の歩道は広めとは言え、流石に五人並んで歩けば他の通行人の邪魔になってしまうので、私たちは二組に分かれて歩いていた。

前方に涼菜と私、後方に上級生三人が、それぞれ手を繋いで当たり障りのない会話を楽しみながら歩みを進めている。

 ふと気づくと、通勤・通学中と思しき人たちが、チラチラとこちらを見ながら駅に向かっていた。

昔からよくある事なので慣れているとは言え、あまり気分が良いものではない。

こういう時、一人で歩いていると不安になることもあったけど、皆と一緒だと思うと気持ちが楽になる。

これもこちらへ身を寄せていなければ、感じることは出来なかっただろう。


 離れて暮らすことを認めてくれた母と御善のおじさまに、そして何よりも、私がこちらへ来ることを決断させると共に快く受け入れてくれた悠樹さんに、あらためて感謝したい。




 上級生の三人と分かれて、涼菜と共に1年1組の教室に入った。

登校期限までは30分あるので、登校しているクラスメイトは片手ほどしか居ない。


「おはよう、清澄さん、御善さん、二人とも早いね。」

「根岸さん、おはよう、そっちこそ早いじゃない。」

「おはようございます、根岸さん、何時にいらしたのですか?」

「わたしは5分前くらい、ねえねえ、今日の身体測定なんだけどさあ…」


 クラスメイトの一人が私たちに声をかけてきた。

私は人の名前を覚えるのがあまり得意ではないので誰だか分からなかったけど、涼菜が名前を呼んでくれたので何とか自然に振る舞うことが出来た。

入学初日から祭り上げられてしまったこともあるので、多分皆から頻繁に話しかけられることになるだろう。

なるべく早く、皆の顔と名前を一致させられるように頑張りたい。


 次々と登校してくるクラスメイトと挨拶や会話をしているうちに、担任の前田先生が教室に入って来てLHRが始まった。


「入学式の日に知らせたとおり、これから委員決めを行う。任期は3年、各委員の名称と役割については、これも先に知らせたとおりだ。全員何かしらの役割を担ってもらうので、そのつもりでな。なお、委員によって役割の軽重が出てしまうが、仕方ないものと諦めてくれ。」


 前田先生は全員に大きめの付箋紙を配布してから、前面のホワイトボードに委員の名称と人数を書き込んでいる。

付箋紙に自分の名前を書いておき、希望する委員名の下に貼って行くことで、まずは全員が何かに立候補する形になっていた。

競合した場合はくじ引きをして、ハズレた生徒は誰も希望者がいない委員の中から再度どれかを選ぶという寸法だ。


 涼菜も私も既に意中の委員を決めていて、それぞれが私たちらしい希望になっていると思う。

出席番号順に名前を貼り付けて行くので、私の順番は25番目だ。

二人とも希望どおりになると嬉しいけど、はたして結果は…。


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