第201話 パパ?
「ねえ、愛花ちゃん、これ、どうしようか。」
「兎に角、この子…じゃない、前田先生を落ち着かせないと、お話になりませんね。」
「と言ってもねぇ、ゆうも、こんな感じだし。」
「これって、完全に、自分の娘を相手にしてますよね。」
まさに、そのとおりだった。
ここ数ヶ月ですっかり父性に目覚めてしまった俺にとって、今、胸に
愛娘が目の前で泣いているのだから、優しく慰めてあげるのは父親として当然のことだ。
はたして誰が泣かせてしまったのかは、この際置いておくことにしよう。
暫くすると、前田が俺の胸にぽてんと体を預けてきた。
おや? と思って顔を覗き込むと、どうやら泣き疲れて眠ってしまったようだ。
これくらいの年頃の女児(実際は20代半ば)には良くあることだろう。
起こしても可哀想なので、俺はこのまま彼女を抱っこし続けることにした。
「え…、ゆう、この人、寝ちゃったの?」
「ああ、お眠だったから、機嫌が悪かったのかな。」
「悠樹、それ、絶対違うから。」
「あれ、清澄さんたち、何してるの?」
突然、少し離れた所から声をかけられたのでそちらを見やると、桜庭さんが図書室に入って来たところだった。
彼女の声が思いのほか大きく、折角眠っている前田改め紗代莉ちゃんを起こしてしまうのではないかと思い、静かにするよう合図をする。
「桜庭さん、しーっ…(小声)」
「どうしたの…って、え? なんで紗代ちゃんが、王子さまに抱っこされてるの? ってか寝てる?!(大声)」
合図をした甲斐もなく、桜庭さんはこちらに近づいて来てさらに大声を上げた。
それにしても、彼女は紗代莉ちゃんを『紗代ちゃん』と呼んでいるが、2年生にはそのように呼ばれているのだろうか。
「ん…、あれぇ…、ねえパパぁ…、紗枝ちゃんの声が聞こえたぁ…」
紗代莉ちゃんが俺の胸にもたれかかりながら、もぞもぞと眠たげに目を擦っている。
彼女の口からは、『紗枝ちゃん』という名前が出てきたけれど、この名前はひょっとすると…。
紗代莉ちゃんを見るとまだまだ眠たそうだったので、もう少し寝かせてあげようと再び頭を撫でてあげた。
「夢でも見たんじゃないか? まだ眠いなら、寝てても良いんだよ?」
「うん…、じゃあ、もうちょっと…」
彼女は瞼を閉じて俺の胸に頬を寄せて眠りにつこうとしたところ、桜庭さんが全力で阻止にかかる。
「こら、寝るな、紗代! それ、パパじゃないから!」
「ひえっ?! って…、さ、紗枝ちゃん? なんでいきなり、そんな大声…」
「あなたが誰に抱っこされてるか、良く見なさい。」
「え? 抱っこ?」
紗代莉ちゃんは桜庭さんにバシッと指摘されて眠気が吹き飛ぶと同時に、ようやく自分が俺の腕の中にいることに気づいた。
「ひゃあ?! み、御善?! お前、何してる?!」
「可愛い紗代莉ちゃんを愛でてました、もう少しこうしていたいんですけど、良いですか?」
「か、可愛い…(ボンッ!)////」
紗代莉ちゃんは、またしても顔を真っ赤にして、無言で俯いてしまった。
「「「恥ずかしがり屋で、ファザコン?」」」
「そ、しかも、両方とも"超"が付くから。」
「うるさい、黙れ。」
「紗代ちゃん、今更凄んでも、この人たちには、もう通用しないよ?」
「くっ、私としたことが…」
紗代莉ちゃん改め前田は、苦虫を噛み潰したような顔をして悔しがっている。
つい先ほどまでの可愛らしさは何処へやら、すっかりいつもの試験主任然とした態度に戻っていた。
「しかも、王子さまの胸に抱かれて寝ちゃうとか、あり得ないでしょ。」
「あ、あれは、その…」
「大方、伯父さんに抱っこされてるつもりで安心しちゃったんだろうけど、気を許し過ぎだよね。」
「ぐっ…」
「愛花ちゃんも、ゆうに抱っこされて、時々寝ちゃってるよね。」
「悠樹に抱っこされると、凄く安心出来るんですよ。先生の気持ちも分かりますね。」
「う、うん、あったかくて、パパみたいに良い匂いも…」
「紗代ちゃんは、王子さまの娘でも彼女でもないでしょ?」
「うっ…」
「そんなんじゃ、そのうち王子さまに美味しくいただかれて、御善ハーレムの最年長にされちゃうよ?」
「なっ?! 御善! そんな下心があって、私に近づいたのか?!」
「ありません、俺の守備範囲は4つ上までです。」
ところで、最早年齢関係が逆転してしまっている前田と桜庭さんの間柄だが、お察しのとおり、二人は母親が姉妹の従姉妹同士なのだそうだ。
歳は離れているけれど、お互いに『紗代ちゃん』『紗枝ちゃん』と呼び合って、姉妹のように育ったらしい。
はたしてどちらが姉でどちらが妹なのか、実年齢と精神年齢との乖離が激しそうだ。
「そう言えば、桜庭さん、『紗枝ちゃん』って呼ばれてたけど、なんて名前なの?」
「えー? 1年の時は兎も角、2年に上がってからは結構絡んでると思うけど、名前、覚えてくれてないんだ。」
「うん、興味なかったから。」
「はあ〜、もう今更か…、
流石は学園の姫君と言うべきか、彩菜は興味のある・なしで、脳のリソースを割く割かないがはっきりしている。
彼女にとっては目の前の人が『桜庭さん』だと認識できれば、名前などは瑣末な情報に過ぎないのだろう。
「うん、多分大丈夫、保証は出来ないけど。」
「はいはい、そうでしょうとも、こうなったらあと1年で、意地でも覚えてもらうからね。」
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