第192話 卒業式

 まりちゃんと由香里さんを駅の改札口で見送って、愛花と共に我が家への帰途についた。

別の店であかねさんたちと打ち上げをしている彩菜にメッセージを入れると、彼女の方はまだ続いているようなので、待たずに帰ることにしたのだ。


「まな、白蘭女子って、卒業式はどんな感じだった?」

白蘭うちは聖堂で式をしたけど、お祈りをして聖歌を歌って…、ほかの学校とあまり違わないと思うよ?」

「それって、結構違うと思うけど…」


 愛花の卒業した中学校はカトリック系の女子校ということもあり、立派な聖堂が併設されているそうだ。

休日は一般にも開放されていて、近所の人が礼拝に訪れるらしい。


「卒業生は結婚式をすることも出来て、高校の生徒が手伝いに駆り出されることがあるみたい。」

「へえ、じゃあ、まなも、そこで挙式できるんだ。」

「ううん、私は認めてもらえないから。」

「高校を卒業しないといけないってこと?」

「そうじゃなくてね、カトリック教会って、本来は信者しか挙式出来ないの。」

「え、そうなの?」


 愛花によると、神の御前みまえで婚姻を約することが許されるのは、本来は信者に限られるのだとか。

神様も、自分を信仰しない者を祝福してやる義理などないということだろうか。


「信者以外の人が挙式できるのって、日本だけだって聞いたよ? 信者獲得のためらしいけど。」


 ただし、教会は結婚式場ではないのだから、カトリックにおける結婚の何たるかを理解した上で挙式に臨まなくてはならず、教会での講座受講が必須になっているとのこと。

少ないところでも3回、多いところでは週1回×26週=6ヶ月間カップルで通わなければ認めてくれない教会もあるらしい。

そこまで頑張る気持ちがあるのなら、いっそのこと信者になってしまえば良いのでは? と思ったところで得心した。

なるほど、信者獲得のためとはそういうことか。


「ねえ、悠樹、そもそも私たちって、結婚しないんでしょ?」

「それなんだけど、場合によっては、考えなくちゃいけないよね。」

「それって、お爺さんが言ってたことだよね、やっぱり、そうなるのかなぁ。」


 生涯、俺たちだけで暮らして行くのであれば、所謂事実婚でも良いのかも知れないが、子供が生まれれば話は別だ。

どちらの籍に入れるのか、親権はどうするのかなど、様々な問題があるのは元より、折角生まれてくるのだから、両親を含めて皆に祝福してほしい。

 清澄の両親は既に腹を括っていて、彩菜と涼菜に子供が出来た時は、自分たちの養子として育てても構わないとまで言ってくれている。

けれど、神崎の両親にそれを求めるのは無理だろうし、俺も愛花もそのようなハイリスクなことをするつもりもない。

 そうなると、婚姻という方法を選ぶしかなくなるわけで、そのことを常に念頭に置いておく必要があると思うのだ。


「まあ、大学を卒業して就職してからの話だけどね、生活の基盤をしっかりしてからじゃないと、何も出来ないから。」

「ふふ、そうだよね、まずはそのための環境を整えないと、ってことかな。」


 俺たちは、まもなく高校2年生になる。

大学卒業まではあと6年あるのだから、早急に結論を出さなくてはいけないわけではない。

 ただ、その時はいずれやって来る。

未来の自分に丸投げするのではなく、今のうちから少しずつ考え、行動することが肝要なのだと思う。

そしてそれは、決して独りよがりであってはならない。

恋人たちや、時として大人たちと共に、見つめなくてはいけないことだ。


 不意にスマホからメロディーが流れた、メッセージが入った通知だ。


「アディーからだ、卒業式が終わって、これから謝恩会らしいよ。随分とゆっくりなんだな。」

「白蘭はこの時間なの。私みたいに、家から2時間かかる子もいるから、参列する親のことを考えるとね。」


 愛花の1年後輩にあたるアデラインも、涼菜と同じく今日が卒業式だった。

ヨーロッパ式の聖堂で式を行うのであれば、イギリス人のアデラインと母親のキャロラインさんにはよく似合うと思う。

出来れば参列して義理の妹(本当は叔母)の晴れ姿を見てみたかった、などとしみじみ思っていると…


「くすっ、悠樹、アデラインさんの卒業式に参列したいと思ったでしょう。涼菜さんが聞いたら、拗ねて泣いちゃうかもよ?」


相変わらず、俺が考えていることを見透かしてしまう愛花には舌を巻くしかない。


「いやいや、アディーを優先するとかじゃなくて、カトリックの式を見てみたいと思ったんだよ、前武中のは知ってるからね。」

「ふふ、じゃあ、そういうことにしておこうかな? 『お兄さま』?」


 愛花は悪戯っぽく微笑むけれど、どちらかというと可愛らしさが勝っている。

そんな彼女に『お兄さま』などと呼ばれてしまえば、ほかの役どころなど出る幕もない。


「そう呼ばれるのは、4ヶ月ぶりかな、『自慢の妹さん』?」

「そう言えば、この間、あのスーパーに行ったら、『お兄さんと仲良くしてる?』って言われちゃった。」

「何て答えたの?」

「前よりも、もっと仲良くなってます、って言ったら、『まるで恋人同士みたいね』、だって。」

「それじゃあ、今度一緒に行く時は、恋人同士らしくしなくちゃね。」

「どんな風に?」

「手を繋いで、寄り添うとかかな。」

「それ、兄妹でも、しそうじゃない?」

「じゃあ、こんな風に。よっと。」

「ふわっ?!」


 ちゅっ♪


 愛花の小さな体を左腕に座らせるようにして抱き上げ、顔の高さを合わせてから軽いキスを落とす。

小ぶりな唇の柔らかさは、いつ触れても心地好い。


「これなら、恋人に見えるよね。」

「んー、もうちょっとかな。」


 ちゅっ…


 愛花は体を支えるために俺の首に回している両手にキュッと力を入れて顔を寄せ、先ほどより少し長めのキスをくれた。


「路上でするのは、やり過ぎ?」

「いや? 俺は気にしないよ。」

「ふふ、私も。ねえ、このまま、抱っこして帰れそう?」

「大丈夫だよ、お姫様抱っこも出来るけど、どうする?」

「このままが良いな、この方が、君の顔が近いもの。」

「ん、了解。それじゃあ、行きますか、『お嬢さま』?」

「くすくすっ、はい、お願いします、『王子さま』?」


 俺たちは誰憚ることなくイチャつきながら、ゆっくりと我が家へ向かう。

学園との登下校時、滅多にない愛花と二人きりのシチュエーションなのだから、楽しまない手はないだろう。

愛花の言うとおり、流石に路上ではやり過ぎかと思わなくもないが、俺たちは恋人同士なのだから構うことはない。


 柔らかな春の日差しの中、俺と愛花は笑顔を交わしながら、このひと時を満喫していた。



* * * * * * * * * * *


お読みいただきありがとうございます。

この物語の第4幕はここまでです。

幕間を挟んで、第5幕をお届けする予定です。

引き続き読んでいただけると嬉しいです♪

どうぞよろしくお願いします♪


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