幕間

- 幕間 - 巣離れ

 柔らかな春の日差しの中、私は母と連れ立って、通い慣れた校舎をあとにした。

前の学校でトラブルに見舞われて転校を余儀なくされた時、御善のおじさまが紹介してくれたのが、今日、私が卒業した白蘭女子中学校だった。

通学したのは僅か1年間だったけど、私はこの学校に出会えて本当に良かったと思っている。


「アディー、あなたは人気者だったのね、皆さん、あんなに別れを惜しんでくださって。」

「人気者ってほどじゃないと思うけど、みんなには優しくしてもらったわ。」

「あなたも皆さんに、優しくして差し上げたのかしら?」

「もちろんよ、ママ、私はママの娘だもの、優しくしてもらうだけじゃいけないって、いつも思ってるわ。」

「あら、思っているだけではいけないわ、きちんと…」

「分かってます、私も、きちんと優しくしています。」

「素晴らしい、アディー、それでこそ、私の自慢の娘だわ。」

「私こそ、あなたの娘で良かったわ、ママ。」


「キャロル、アデライン、お疲れ様、もう良いのかな?」


 正門を出ると、おじさまが車を止めて待っていてくれた。

彼は卒業式には参列してくれたけど、『私のような年寄がいる所ではなかろう』と言って謝恩会への参加を辞退していた。

確かにほかの卒業生の父親を見れば、彼が参加しづらい気持ちも分からなくはない。

ただ、私としては母の素敵なパートナーを皆に紹介したかったので、残念な気持ちが勝ってしまう。

もちろん、このことを二人の前で口にしたりはしないけど。




「それじゃあ、18時に迎えに来るよ。」

「ええ、隆史さん、お待ちしていますわ。」


 おじさまは、私と母をマンションまで送ってくれて、そのまま新しい住まいへ帰っていった。

私たち母娘は、彼を見送ってから家に入った。


 私服に着替えるために自室のドアを開けると、小さな家具とベッドが目に入った。

幼い頃から何年も使い続けてきた家具には、ほとんど何も入っていない。

中に入れていた衣類などは、まもなくお世話になる清澄家に送ってしまっていた。

あとは今着ている中学校の制服と、残っている身の回りのものさえ片付ければ、私がこの家で暮らしていた痕跡は綺麗さっぱりなくなってしまうのだ。


 このマンションは、今月中に退去することになっていた。

まもなく母がおじさまのマンションで暮らし始め、私が4月から通う稜麗学園高校に程近い清澄家に身を移すからだ。

 おじさまのマンションには私の部屋も用意されていて、長期休暇などには二人と共に過ごすことも出来る。

けれど、母にはおじさまとの時間を大切にしてほしいので、あの家に帰ることは極力控えようと思っている。

一抹の寂しさは感じるけど、母がようやく掴んだ幸せを応援するためなら、堪えることが出来るだろう。

彼方あちらにはあの人もいるのだから、きっと大丈夫だと思う。


「ねえ、アディー、やっぱり、明日は隆史さんに車を出していただいた方が、良いのじゃないかしら。」

「ママ、それはもう決まったことでしょ? 彼方が言うとおり、おじさまの車より、清澄さんの車の方が大きいんだから。それに、今更ご厚意を無にするのは失礼よ。」


 私は明日、この家を出ることになっていた。

当初はおじさまの軽自動車で送ってもらうつもりだったけど、身の回りの物が思いのほか残っているのと、清澄家の車で悠樹さんおにいさまが迎えに来てくれると言うので、お言葉に甘えることにしたのだ。


「そうね、分かったわ。もう、お茶受けのお菓子も用意してあるものね。」

「ふふふ、お兄さまのお口に合うと嬉しいな。」


 明日、迎えに来てくれた際にもてなすために、近所の洋菓子店ご自慢のフィナンシェを用意していた。

悠樹さんの家に伺った時にいただいたスイーツから見れば物足りないかも知れないけど、口当たりが良く甘さが控えめで、男性でも十分楽しんでもらえると思う。

彼がそれを口にした時にどのような感想を言ってくれるのか、期待と不安でもう胸がドキドキしてきた。


「それにしても、あなたが歳の近い男性と、あれほど親しくなるとは思わなかったわ。一体どういう心境の変化なのかしらね。」

「私は何も変わってないわ、悠樹さんはおじさまの孫なんだから、新しい親類と親しくするのは当然でしょ?」

「それはそうだけど、あなたが男性の前で素顔を見せるなんて、今までなかったじゃないの。今だって、あんな顔しちゃって。」

「あんな顔…って、私、どんな顔をしていたの?」

「そうねぇ、例えるなら、甘くてふわふわで、まるでメレンゲのようだったわよ?」


 思わず両手を頬に当てて自分の表情を確認してしまったけど、そんなことをしても分かるわけがない。

ただ、母にそのようなことを言われたからか、顔が火照っていることだけは確かだった。


「もう、ママったら、変なこと言わないでよ。私はそんな顔してないわ。」

「あら、どうかしら。明日、悠樹さんとお会いしたら、分かることよね? うふふ、明日が楽しみだわ。」


 揶揄うような母の言葉にムッとした面持ちを作るけど、私も内心は楽しみで仕方なかった。

悠樹さんは初めて会ったその日から直ぐに、私から様々な表情を引き出してくれた。

入試の時は、自分に甘えたがりな一面があることが分かり驚かされたりもした。


 はたして、私はこれからどのような自分に会えるのか、明日からの生活が楽しみでならなかった。



* * * * * * * * * * *


突然ですが、告知です。

来週、入院して手術を受けることになった都合、9/26〜9/30は更新を休止します。

手術と言っても、全然深刻なものではありません。

10/1には更新を再開出来ると思いますので、引き続き読んでいただけると嬉しいです♪

それでは、次回から始まる第5幕も、どうぞよろしくお願いします♪

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