第181話 微睡

 ゆーちゃんが、引っ込み思案だった?

アタシが覚えているゆーちゃんは、誰とでも仲良くできる子だった。

アタシのようにいつも一人っきりでいる子に声をかけて、一緒に遊んでくれる優しい子だった。

そんな彼が、引っ込み思案だなんて…。


『ゆうちゃんって、大勢の子に混じって遊ぶのが、苦手だったの。わたしがそれに気づいて、みんなと一緒に遊ぶように言うまでは、あやとすず、あとは、まりちゃんとしか、遊んでなかったんじゃないかな。』


 数少ない幼稚園の頃の思い出を掘り起こしてみる。

アタシが登園すると、ゆーちゃんはいつも先に来ていて、女の子と楽しそうに話をしたり、遊んだりしていた。(今思えば、あれは姫君と妹君いもうとぎみだった)

アタシが部屋の隅で一人遊びを始めると、声をかけてきて、どんなことでも一緒に遊んでくれた。

アタシは幼稚園にいる間、ほとんどの時間を彼と過ごしていた。


 でもそうすると、ゆーちゃんは一体いつ、ほかの子と遊んでいたのだろう。


『多分、年長さんの時は、ほかの子とも仲良くなったと思うけどね。でも、やっぱり、ゆうちゃんにとって、まりちゃんは特別だったんじゃないかと思うよ?』

「特別…、アタシが、ゆーちゃんの…」


 それは一体、どう言う意味なんだろう。

アタシにとって、ゆーちゃんは初恋の男の子で、まさに特別な人だった。

じゃあ、ゆーちゃんにとって、アタシは、何?


 アタシの心臓は、早鐘を打ち始める。


『ゆうちゃんは、わたしが初恋相手だって言ってくれるけど、きっと、まりちゃんなんだと思う。あやとすずは、許婚って繋がりがあったけど、そういうのがなくて親しくなった女の子って、まりちゃんだけだったもの。』

「アタシが、ゆーちゃんの、…初恋?」


 本人から聞いたわけじゃない。

しかも、これは夢の中で、今はもう亡くなっている結菜さんが言っていることだ。

けれど、アタシの心が、あの頃の彼との思い出の全てが、それが真実であると告げていた。


 ゆーちゃんは、アタシに恋をしていたのだと…

 そしてアタシは、ゆーちゃんに恋をしていた…


 天を仰ぐと、先ほどまでと同じように木漏れ日が落ちてきている。

きっとこれは、10年前から何も変わらない光景なのだろう。

けれど、人の心は移りゆく、アタシとゆーちゃんは、もうあの頃の二人じゃない。


「10年前に知りたかったな…」


今日のアタシの涙腺は、随分緩くなっているようだ。




「もう一度、神社へ?」

「うん、ちょっと、確かめたいことがあってね。」

「そっか、じゃあ、俺も一緒に行くよ。」

「良いよ、わざわざ。ゆーちゃんは、本妻三人と乳繰り合ってなよー」

「あのね、まりちゃん、女の子がそんなこと言っちゃダメだよ?」

「えー、じゃあ、もっとストレートに言う? 本妻三人とセックスしてなよー」

「まりちゃん、それ、もっとダメだからね?!」




 結局また、ゆーちゃんと二人で前武神社に来ていた。

先ほど清澄家で体験したことは、ここに来たことが発端になっている筈だ。

だから、またここに来れば、結菜さんのことを、彼女がアタシに告げた言葉の真意を確かめられるのでないかと思ったのだ。


「夢の中で、ゆいねえと?」

「うん、ゆーちゃん、幼稚園の頃って、大勢の子と遊ぶの苦手だったの?」

「そっか…、本当に、ゆいねえと会ったんだね…」


 結菜さんから聞いた話をゆーちゃんに振ってみると、彼は暗にそれが事実だと認めると共に、アタシが結菜さんと会ったことを信じてくれた。


「簡単に信じてくれるんだね、アタシだってまだ信じきれてないのに。」

「信じるよ、俺も12月に、あの人に会ってるからね。」

「え…」


 昨年の12月、ゆーちゃんは交通事故に遭って入院した。

幸い大事には至らなかったけど、そのことを知った時は心臓が止まるかと思った。

ゆーちゃんは、その入院中に結菜さんに会っていたのだと言う。

意識を失っていた2日間を、彼女と共に過ごしていたのだと…。


 程なくして、アタシたちは神社の裏手で、あの大きなクスノキと相対した。

四方に伸びる枝々に葉を繁らせて雄々しく聳り立つ姿は、先ほどよりも威厳をたたえて見えた。


 ゆっくりと巨木に近づき、太い幹に両手を添えて目を閉じると、微かな脈動を感じる気がした。

ふと気づくと、ゆーちゃんはクスノキの根元に腰を下ろし、木の幹を背もたれにして、枝葉が騒めく様を見上げていた。

やがて彼は瞼を閉じて、微睡にその身を与けているようだった。


 その様子を見ているうちに、アタシも少し眠気が差してきた。

アタシはゆーちゃんの隣に腰を下ろしながら肩を寄せ、彼と同じように幹に背を与けて目を閉じる。

まだコートが必要な季節だけど、身を寄せているとゆーちゃんの温もりが感じられて何だか心地好い。

右手の甲が彼の左手の甲にコツンと触れたので、何の気なしに恋人のように手を繋いでみると、不思議と心が安らいできた。


 幼い時分に初恋同士だったかも知れない、今は気の置けない間柄の男の子と女の子。

その二人が寄り添って過ごしているなど、たまにはこんな日があっても良いのかも知れない。

逢瀬というほどではないだろうが、流石にゆーちゃんの恋人たちには言えないので、二人だけの秘密にしておこうと思う。

ゆーちゃんが話してしまうかも知れないけど、その時はその時だ。


 暫くすると、本格的に眠気に襲われてきた。

きっと日暮れまでには目が覚めるだろうから、ちょっとだけ眠ることにしよう。

はたして今度はどんな夢を見るのだろうか、少しだけ楽しみにしているアタシがいた。


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