第182話 画策

 まりちゃんと二人で前武神社を訪れた日から3日後の昼休み、俺は試験主任の前田に呼び出されて職員室に来ていた。


 窓際の席で作業に没頭している前田に声をかけると、彼女は俺のことなど一瞥もせずに机上のノートPCに向かったまま、直ぐ隣の狭い打ち合わせスペースを指差した。


「すまん、あと1分で終わる、そこに座っていてくれ。」

「分かりました。」


 ほかの生徒なら、ぶっきらぼうな前田の態度に困惑してしまうかも知れないが、今年に入ってから何度か遣り取りしている俺は、既に慣れっこになっていた。

それどころか、彼女の単刀直入な物言いは分かりやすく、寧ろ好感さえ持っている。

前田は1年生の科目を担当していないが、4月からは週に数回授業を受けることになる筈だ。

はたして、どのような授業となるのか楽しみで仕方ない。


 折りたたみ椅子を広げて座って待つことちょうど1分、前田はPCから目を切り、書類を手にしてこちらに向き直った。


「待たせた、用件は2つある、先ずはこれだ。」


俺は前田が差し出した書類を受け取り、黙って目を通した。


「入学式の式次第と代表挨拶の原稿案だ。挨拶の件は、担当からお前の彼女に通知済みだ。レクは任せるから、適当にやっておけ。」


 なぜ前田が俺と涼菜の間柄を知っているのかと言うと、入学試験の出題ミス探しを請け負う代わりに代償を求めた際、最低限必要な情報として提供していたからだ。

本来なら無理な要求をするのだから、こちらも多少は手札を晒すべきだろう。

ただ、それがなくても、例の事務員さんから情報が広まることもあり得るとは思うけれど。


 それにしても、渡された式次第と挨拶文を見ると、昨年とまるで同じものだ。

まだ2月下旬でもあるし、流石にこのままということはないと思い、前田に問うてみた。


「式次第と挨拶文に、変更の可能性はありますか? あるのなら、今いただいても…」

「ない。式典担当は冒険しないタイプだからな。」


 入学式のスケジュールと挨拶文の変更の可能性をキッパリと否定してから余計な一言を添えているが、このようなところに前田の考え方が表れている。

これまで何度か話をして気づいたのだが、彼女は何も考えずにただこれまでどおりやっておけば良いという手合いが気に食わないらしい。


「先生、周りに聞こえますよ。」

「はぁ〜、そうだな、すまん。」


 だからと言って、一教師が声高に叫んだところで何も変わらないのは承知しているようで、こうして生徒相手に愚痴るのが精一杯なのが残念なところだ。

たとえ試験主任を任されるほど有能であっても、この辺りが20代若手教師の限界なのだろう。


「2つ目だ、お前の親類の件で、もっと情報がほしい。」

「目処が付いたんですか?」

「担任はな、編成は3月に入ってからだ。」

「了解です。」


 俺と前田は周りから不自然に思われない程度に額を近づけて、小声で会話を始めた。


 既に受け取っている涼菜の試験成績の開示のほかに、俺が入試日に彼女に要望したのは、涼菜とアデラインを同じクラスに、出来れば1年1組に所属させることだった。

あの時は前田がどこまで動いてくれるか読めなかったこともあり、アデラインの面倒を見るためとしか伝えていなかった。

けれど、どうやら彼女は本気で引き受けてくれるつもりのようなので、こちらも出来るだけ有用な情報を提供する必要があるだろう。


「トラブルの未然防止のため、か。」

「ええ、可能性が高い以上、学園としては回避したいでしょうし、かと言って、事が起きていないのに合格を取り消すわけにもいかないでしょうから。」

「まずは周囲を身内で固めて、と言うことだな。」

「さらに、頼れる担任がいてくれれば、言うことなしです。」

「なるほどな、あとは私が動きさえすれば、お前と学園は、WIN WIN と言うことか。私一人がババを引けば良いわけだ。」

「寧ろ上手くアピールすれば、良い評価材料になると思いますけどね。」

「まあ、お前には借りがあるからな、早く返さないと利子が高く付きそうだ。」

「善良な一生徒を、高利貸しのように言わないでください。」

「お前に比べれば、高利貸しなんざ可愛いもんだろ。」


 最後の怪しげな遣り取りはさておき、俺が前田に提供したのは、アデラインが度重なるストーカー紛いの行為を受けて中学校を転校した経験があるという情報だ。

この事実を以て、ことなかれ主義の塊である学園を揺さぶれば、事は上手く転がると踏んでいる。

仮に、前田の手に余るようであれば、成績上位者に弱い学園の体質を突くべく、俺と彩菜が出張っても良いかとも考えていたが、彼女がやる気になってくれているのなら、心配はいらない筈だ。

あとは、果報を寝て待てば良い。


 キンコーン・カンコーン♫


 5時間目の予鈴が鳴ったので、この場を辞して教室へ戻ろうとすると、前田が徐に事務封筒を差し出した。


「持って行け、どうせそのうち、ほしがるだろう。」


 封筒の中身は見るまでもなく、多分、アレだろう。

そこまで要求するつもりはなかったのだが、折角のご厚意なのでと有難く頂戴することにした。


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