第177話 桜咲く

「ふにゃーん」


 ぱたぱたぱたぱた


「にゃんにゃーん」


 ぱたぱたぱたぱた


 稜麗学園高校の入学試験から2日後の土曜日、我が家のにゃんこは早朝から落ち着きがない。

意味もなく鳴き声を上げては、あっちへぱたぱたこっちへぱたぱたと、家中を駆け回っていた。


「こら、すず。気持ちは分かるけど、お前がバタついても発表は早くならないんだから、大人しくしてろ。」

「にゃーん、だってー、気になって落ち着かないんだもーん。」

「大体、合格は間違いないんだから、見なくたって良いくらいだ。」

「ゆう、そんなこと言わないであげてよ。きっと、今まで頑張った分、たくさん気になるのよ。」


 ここまでの状況でお分かりのとおり、一昨日実施された入試の結果が今日発表されるのだ。

1時間後の10時に、学園の昇降口前に合格者の受験番号が掲示されると共に、学園 Web Site の合否確認ページでも結果を知ることが出来る。


 涼菜の場合、本人も合格自体は間違いないと思っている筈だが、多分試験会場で他の受験生の影響を受けて、雰囲気だけバタついているというところだろう。

こんなところにも、涼菜の感受性の高さが見てとれると言うことだ。


「ふふ、涼菜さんは合格発表よりも、首席になるかどうかが気になるんじゃないですか?」

「ふぎゃー、愛花さん、それ言わないでくださいよー、ホントはそっちの方が気になってるんですからー」

「え? 涼菜さん、そんなに高いところを目指していらっしゃったのですか?」

「そうなの、この子、ゆうと肩を並べたいって、頑張ったのよ。」

「そうなのですねぇ、それもお兄さまへの愛情表現の一つということなのでしょうか。」

「えへへ、ゆうくんの彼女がおバカじゃ困っちゃうもんね。」

「俺は何も困らないし、そもそも、お前はおバカじゃないだろ?」


「にゃんこだけどね。」

「にゃんこですけどね。」

「にゃんこですものね。」


「ふみゃーっ?!」





「大丈夫か? すず。」

「うん、大丈夫、ちょっと激しかったけど、気持ち良かったし。」

「お前が合格したのが嬉しくて、つい張り切り過ぎちゃったよ。」

「くすっ、嬉しいのは、あたしの方、ゆうくん、素敵なお祝いありがとう♪」


 ちゅっ♪


 涼菜とアデラインが発表時刻に合わせて Web Site で確認すると、二人とも無事に合格していた。

二人の実力からすれば当然のことなのだが、"合格"の二文字ふたもじを見ると気持ちが高まるのだろう、美少女二人は抱き合って喜んでいた。


「明日は何時頃に行くんだ?」

「アデラインさんと、9時に行こうって約束したの、ゆうくんも、行ってくれるんだよね?」


 学園では、合格発表時から入学手続きを開始している。

今日は遠方から来ている受験生が、学園での発表と同時に合格を確認して、直ぐに手続きを済ませていた筈だ。

そして、そのまま帰宅することなく、不動産屋へ向かう。

更に午後からは近隣の合格者がやって来るので、発表当日の受付窓口は混雑すると事務員さんに教えてもらった。

 窓口が確実にいている時を狙うなら月曜日にすると良いのだが、アデラインが明日、母親の下に帰るので、それに合わせて明日の日曜日に手続きすることにしたのだ。


「ああ、一緒に行くよ、アディーの荷物もあるしな。」

「ふふ、ゆうくん優しいな、あたしも、ゆうくんの妹になろうかな。」

「それはダメだ、妹じゃ恋人に出来ないだろ?」

「そうだよね、妹じゃ、さっきみたいな素敵なお祝い、もらえないもんね…。ねえ、ゆうくん…」

「うん、どうした?」

「もっと、お祝いがほしい…」

「良いよ、ほら、おいで…」


 ちゅっ…、ぴちゃ…、くちゅ…


「あふ…、ゆうくん、好き…、大好き…」





「アデラインさん、おはよう、準備できてるぅ?」

「おはようございます、もう、いつでも出られますよ。」

「おはようございます、美菜さん、4日間ありがとうございました。」

「どういたしまして。アデラインさん、気をつけて帰ってね。」

「ありがとうございます、卒業式が終わったら、直ぐにこちらに寄せていただきますので、よろしくお願いします。」

「ええ、楽しみにしてるわ。お母さんにもよろしく伝えて。」

「はい。」


 涼菜とアデラインを伴って、清澄家を後にする。

アデラインは水曜日から4泊した一月後に住処となる家と、玄関先で見送ってくれている女主人おんなあるじをいつまでも見つめていた。


 学園の校門をくぐると入学手続きに訪れたと思しき人が数人いたが、混雑とは程遠い様子に一先ずほっとした。

二人の美少女と共に受付窓口に顔を出すと、入試時に受付を担当していた事務員さんが作業をしていた。


「おはようございます、手続きお願いします。休日に大変ですね。」

「あら、おはよう、今日は朝から両手に花なのね。でも、二人とも合格して良かったわね。」

「ええ、おかげさまで、試験主任の前田先生は職員室ですか?」

「あ、そうだ、前田先生から預かり物があるの、あなたが顔を出したら渡してくれって。」


 涼菜とアデラインが入学手続きをしている間に、試験主任からだと言う事務封筒の中を確認すると、一昨日こちらが頼んでおいた書類が入っていた。

サッと目を通して再び封筒に戻すと、ちょうど二人の手続きが終わったところだった。


「ゆうくん、さっき、何を渡されたの?」

「もう少ししたら、教えてやるよ。さ、行こうか。」


 学園を離れ、二人と共に駅までゆっくりと歩いて行く。

その道すがら、先ほど事務員さん経由で試験主任から受け取った書類の話をした。


「すず。」

「なに?」

「さっき渡された書類だけどな、何が書かれてたと思う?」

「えー、そんなの、分かんないよー」

「お前が、今、一番知りたがってることだよ、ほら。」


 封筒の中身を出して涼菜に渡すと、アデラインも書類を覗き込んできた。

そこに書かれていたのは…


「涼菜さん、凄い! 1位ですよ! 首席ですよ! おめでとうございます!」

「え…? あ…、あたし…、首席…なの?」

「ああ、そうだよ、今年の入学試験は、お前が首席合格者だ。」


 書類に記載されていたのは、涼菜の試験成績だった。

入試日に試験問題の緊急点検を引き受けた際、見返りとして涼菜の試験成績の開示を求めたのだ。

もちろん、他言無用という条件付きだ。

 この時、更にもう一つ要望を出したのだが、それが叶うのかどうかは後々分かることなので、今は割愛させていただく。


 涼菜は書類を手にしたまま呆然と佇み、やがてゆっくりとこちらを仰ぎ見ると、キュートな顔をくしゃりと歪めた。


「うくっ、ゆう…くん…、あたし…、あたし…」

「おめでとう、すず、良く頑張ったな。」

「…うん。」


 頭に手を添えてサラサラと軽く触れるように撫でてあげると、涼菜は俺の胸に頬を寄せて抱きつき、ただ静かに涙を流していた。


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