第176話 反省会

 450名、全ての受験生が受け付けを終えて、試験会場に入って行った。

例年であれば当日になって数名の棄権者が出るのだが、今年は受験生全員が入学試験に挑むことになる。

皆、惜しむことなく、実力を発揮してほしいものだ。


 受付の撤収が完了してお役御免となった俺と愛花は、職員室に預けてある荷物を取りに行こうとしたところで、受付担当の事務員さんに呼び止められた。


「あなたたち、今、時間あるかしら、これから受付の反省会をやるんだけど、参加してくれない?」

「俺は構いませんけど、まなはどお?」

「私も大丈夫です。どちらでやるんですか?」

「学食よ、今日は誰もいないから、フリーで使えるの。じゃ、行きましょ?」


 受付のあった昇降口からは然程離れていない学生食堂に入ると、ほかの受付担当職員3人が入口近くの6人掛けテーブルに着いていた。

俺と愛花が促されるままに並んでテーブルに着くと、誘ってくれた事務員さんが口火を切った。


「さて、それでは、も来てくれたことですし、反省会を始めましょうか。」


 他の職員がパチパチと拍手を送る。

俺と愛花はこれがどのような集まりなのか理解して、二人揃って溜息を吐いた。

兎に角、座ってしまったからには、多分逃げることは叶わないだろう。

出来るだけ手短に切り上げて、さっさと解放してもらうとしよう。


「もうここは、ズバリ聞きましょう。首席さま、あの二人誰? あなたとどんな関係なの?!」


 事務員さんがビシッと俺を指差すと、他の三人は一斉にこちらを凝視する。

俺は目を伏せて2度目の溜息を吐いてから、皆に向き直って質問に答えた。


「二人とも俺の身内ですよ。日本人の子は恋人で、外国人の子は義理の妹です。」


 俺が素直に答えると、事務員さんたちからきゃーっと黄色い声が上がる。

女性というのは幾つになっても、色恋ネタが好きなのだなとつくづく思った。


「いやいや、これは中々どうして、さあて、どっちから聞こうか。」


「あのキュートな子じゃない?」

「私、外国人の子が気になる。」

「恋人が先でしょ?」


「はい、多数決の結果、恋人からに決定しました! それじゃあ、首席さま、行きますよ〜」

「どうぞ、好きにしてください…」




 入学試験の最後の科目が終わり、受験生が悲喜交々に教室から出て来るのを愛花と一緒に眺めていた。

合格発表までの2日間、皆、どのような気持ちで過ごすのだろうか。


「みんな、お疲れだな。」

「ふふ、全力を出し切ったってことだよね。」


 受験生が次から次へと教室を出て帰途に着く中、何故か一つの教室だけは様子が違っていた。


「悠樹、あの教室って…」

「うん、ちょっと、中を見てくるよ。」


 愛花に廊下で待っていてもらい入り口から中を覗くと、教室内のとある一角に広めの空間があり、受験生たちが遠巻きに囲んでいるのだ。


 教室に入り、受験生が作る人垣の上から空いたスペースを見やると、そこには試験を終えてほっと一息ついている、涼菜とアデラインが居た。


「んっん〜ん、終わったね〜、やっぱ1日中は長いよ〜」

「ふふふ、本当にそうですね、早くお家に帰って、のんびりしたいです。」


「二人とも、もう帰れるのか?」


「あ、ゆうくん!」

「お兄さま!」


 人垣を分入って近づきながら声をかけると、二人は満面の笑みでこちらに駆け寄って来た。


「わーい、お迎えありがとう♪」

「よしよし、今日は頑張ったな。」


 いつもの如く涼菜が胸に飛び込んできたので頭を撫でてあげると、ギャラリーがざわざわと騒ぎ出し、悲嘆にくれている受験生さえいる。

そんな周囲の状況下、少し戸惑い気味にこちらへ視線を向けたアデラインに右手を差し出し微笑みかけると、彼女はパッと笑顔になり、俺の手を取って身を寄せてきた。


「アディーも、頑張ったね、疲れてない?」

「少し疲れましたけど、お兄さまのお顔を見たら、元気が戻って来ました。」

「そっか、廊下でまなも待ってるし、二人とも、帰ろうか。」


「「はい♪」」




 学園から駅に向かう受験生の流れに乗って、愛花と涼菜、アデラインを伴い我が家への道を歩いている。

相変わらず周囲から視線を受けているけれど、4月からは四人の美少女と共に通学することになるのだから、この程度など瑣末さまつなことだろう。

俺たち四人は、誰憚ることなく寄り添いながら、会話を弾ませていた。


 涼菜とアデラインの話題は平素であれば中3女子らしいものになるだろうが、今日ばかりは入学試験が中心になるのは致し方ないところだ。

ただ、その中で、二人の口からは、全く同じ疑問が出ていた。


「涼菜さんもですか? そうすると、やはり、あの問題は出題ミスではないでしょうか。」

「もう一つあって、数学の問題3の問1も、答えが複数出て来ちゃうから、変だと思うんだけど。」

「はい、そうでした。取り敢えずは埋めましたけど、あれはおかしいですよね。」


「その2問、二人の言うとおり、出題ミスだぞ。」

「「えっ?!」」


 実は、受付担当の反省会(?)で俺への質問攻めが始まってまもなく、愛花と共に試験主任から急遽呼び出された。

数学の問題に出題ミスが見つかったので、全ての教科の問題を点検してほしいと言うのだ。

 学園が何度も点検を重ねたにも関わらず発覚したことから、第三者による緊急点検が必要と判断して、昨年試験で首席の俺と次席の愛花に白羽の矢が立ったわけだ。

点検の結果、先に見つかった数学のほかに、英語でも1問、ミスを発見した。


「最終的に学園の偉い人が判断するらしいけど、多分、その2問は全員正解扱いになると思う。」

「ふえー、そんなことあるんだー」

「一生懸命考えて、損した気分です。」

「実は昨年も1問、ミスがあったんですよ。」


 昨年の出題ミスは見過ごされたままのようだが、少なくとも2年連続でミスがあったことになる。

涼菜とアデラインの合否判定に影響が出ないから良かったものの、学園には猛省してもらいたいものだ。

もっとも、出題ミスに乗じて利を得んとする身としては、声を大にして言いづらいところではあるのだが。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る