第154話 初詣
正月2日、昼頃と言うには些か早い時刻に、彩菜、涼菜、愛花と共に、前武中学校の方向に歩いていた。
けれど、俺たちの行き先は、前武中ではない。
我が家から徒歩圏にある唯一の初詣スポットである、前武神社へ向かっているのだ。
目的地の神社は、前武中の更に先にあり、小さいながらも古めかしい佇まいを見せていた。
その様相から歴史ある神社なのではないかと思うのだが、普段は滅多に人が立ち寄ることもなく、狭い境内は常にひっそりとしている。
しかしこの時期、元旦から数日間だけは、様子が違っていた。
「凄い人出ですね、ここ、そんなに有名な神社なんですか?」
「ううん、そんなことないと思うよ、ね? ゆう。」
「この地域だと他にないからね、皆、ここに来るしかないんだよ。」
俺たちが住んでいる□△市は、県内でも比較的新しく開発された土地で、神社仏閣の手薄な地域となっている。
それ故、他の寺社にお参りに行こうとすると遠出になってしまうので、必然的にこのお社に人が集まることになるのだ。
「ゆうくん、ここって、どんなご利益があるの?」
「何だろうな、初詣にしか来ないから、気にしたことなかったよ。」
ほとんどの初詣客は、特定のご利益目当てということではないだろう。
つまりは何を願っても、お賽銭さえ差し出せば、神様は取り敢えずは聞いてくれると言うことだ。
暫く進んでいくと、とある案内板が目に入った。
そこに書かれていたのは…
「ここ、"夫婦円満"と"子宝"のご利益があるそうだぞ。」
「「「えっ?」」」
案内板に書かれていた内容を知らせると、女子三人が色めき立った。
「悠樹、ここって、御守り売ってるんですか?!」
「あ、ああ、社務所で売ってたと思うけど…」
「彩菜さん! 涼菜さん!」
「うん! お参りは後で良いよ!」
「あやねえ、愛花さん、早く早く!」
彩菜、涼菜、愛花の三人は、初詣客の列から外れて、一目散に社務所へと駆けて行った。
単に御守りを3つ買うだけなら、誰か一人が行けば良いと思うのだが、俺の恋人三人は本当に仲が良い。
俺一人だけが並んでいても仕方ないので、列を外れてゆっくりと散歩をするような足取りで彼女たちの後を追った。
社務所の近くまで行くと、女子三人がきゃいきゃいと戯れながら、こちらへ戻って来るところだった。
あの様子だと、きっと目的は果たせたのだろう。
「あ、ゆうくん、お待たせしましたー♪」
「三人とも、ご機嫌だな、御守りはあったのか?」
「うん!」「はい!」「もちろん!」
女子三人は満面の笑みで、御守りが入った白い紙袋を一斉に掲げて見せた。
俺たちは初詣客の列に並び直した。
先ほど並んでいた時もそうだったのだが、他の参拝者がチラチラとこちらを見ている。
言うまでもなく、クール系とキュート系の美人姉妹に目が行っているのだろう。
「いつもながら、彩菜さん、涼菜さんと悠樹は目立ちますね。みんな、こっちを見てますよ。」
「え、目立ってるのは、あやとすずの二人だよね。」
「でも、学園の噂は、いつも三人でイチャイチャしてるってことでしたし、彩菜さんも涼菜さんも、悠樹と居る時の笑顔が一番輝いてますから。」
「それなら、愛花ちゃんも同じだよね、さっきから凄く良い顔で、ゆうと話してるよ?」
「わ、そう見えるなら、嬉しいですね、ありがとうございます♪」
俺と一緒に居る時の恋人三人は、いつもとても素敵な笑顔を見せてくれる。
そんな彼女たちの表情が皆を惹きつけると言うのなら、結局、俺が目立っている訳ではないと思うのだが。
「悠樹は、背が高くてスタイルも良いですし、顔立ちも整ってますから、美人姉妹と並んでも遜色ないと思いますよ?」
「愛花がそう言ってくれるのは嬉しいけど、贔屓目も過ぎるとちょっとね。俺なんか十人並みだし。」
決して自分のことを卑下する訳ではないけれど、美人姉妹と美少女の引き立て役程度の男をあまり褒めるのも如何なものかと思う。
しかし、そんな俺の様子を見ていた恋人三人は、なぜか揃って大きな溜息を吐いていた。
俺たちは初詣を終えて、我が家への帰路についていた。
この後は、正月らしく四人でお雑煮をいただき、夕方までまったりと過ごすことにしている。
近隣の商業施設では初売りが始まっており、何処も買い物客で賑わっているだろうが、四人とも混雑すると分かっている所へわざわざ繰り出す気持ちになれなかったので、いつもどおり我が家で寛ぐことにしたのだ。
「愛花ちゃん、昨日は親類が来たんでしょ? 疲れたんじゃない?」
「そうですね、ちょっと想定していたこととは別の意味で疲れました。」
「それ、どう言うこと?」
昨日、神崎家では親類が年始の挨拶に来ていて宴席が設けられたのだが、始まって早々に愛花に彼氏が出来たという話題になってしまい、対応に苦慮する羽目になったようだ。
「先日のお誕生会の写真を見せることになったんですけど、この二人の美人は誰だって話になってしまって…」
二人というのは、言うまでもなく清澄姉妹のことだ。
愛花はここで適当なことを言って誤魔化すよりも、どさくさ紛れにでも本当のことを言ってしまった方が良いと判断して、二人が俺の恋人であることを正直に話したそうだ。
当然の反応として、否定的な言葉を覚悟していた彼女なのだが…
「今時そんな甲斐性のある奴は珍しいって、悠樹が高評価を得てしまいまして、正直、困惑しました。」
更に驚いたことに、俺と清澄姉妹が同居していることを話すと、それでは俺を取られてしまうから愛花も直ぐに同居しろということで、その場の意見が纏まってしまったとか。
このノリの適当さから、親類というのは母方なのではないかと推察される。
「お酒が入ってのことですけど、上手く使えば同居を早められるかも知れません。」
「『上手く使えば』ってことは、もう算段はついてるってことだね?」
「ふふ、実はそうなんです。後は実行に移すのみです。」
俺が入院した際の手並みと言い今回のことと言い、愛花の頭の切れには目を見張る思いだ。
多分彼女が俺たちと生活を共にするのに、然程時間はかからないだろう。
ならば、俺と清澄姉妹は、いつでも愛花を受け入れられるように、しっかりと準備を進めることにしよう。
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