第142話 総合病院

 私は、すずと愛花ちゃんと共に、市内で一番大きな総合病院の待合室にいた。

日曜日の夜間なので、私たちの他には誰もいないし、明かりはほとんど消されている。

 私たちの頬や腕、足には、包帯が巻かれたり絆創膏が貼られたりしていた。

処置をしてくれて看護師さんは、軽い打撲と擦り傷だけなので、痕が残ることはないと言っていた。

 けれど、私たちは一様に無言で項垂れている。

なぜなら、ここには、ゆうがいないのだ。


 数時間前、私とすず、そしてゆうは、昨夜我が家にお泊まりした愛花ちゃんを送って、彼女の家に向かっていた。

その途中、対向車と接触事故を起こした大型トラックが、私たちに向かって突っ込んできたのだ。

 私たち女の子三人は、おしゃべりに夢中になっていたことで一瞬気づくのが遅れてしまった。

正直もうダメかと思ったけれど、いち早く危険を察知したゆうが、私たち三人を突き飛ばして事故から救ってくれたのだ。


 しかし、私たちを庇って一人その場に残されたゆうは、トラックを避けることが出来なかった。


 ゆうは今、集中治療室ICUに入っている。

それなのに、私たちはここで待つことしか許されなかった。

愛する人が、自分の命を救ってくれた人が、瀬戸際にいるかも知れないというのに…。

私は自分の無力さが、歯痒くてならなかった。


 暫くして、私の両親と、愛花ちゃんの父親と弟が病院に来てくれた。

私たちは1分でも長く病院にいることを望んだけど、それは叶わず、各々の家に連れ帰られた。




 両親は、私とすずに、今夜は実家に泊まってはどうかと言ってくれた。

けれど、私たちは我が家に帰ることを選択した。

 両親が心配してくれていることは分かっているけど、ゆうが一人で戦っている時に、私たちだけが親に庇護された所にいることは出来なかった。

たとえ今、一緒に居られなくても、共に戦っていたかったのだ。


 私とすずは、いつもどおり、ゆうのベッドで寝ることにした。

少しでも、ゆうを感じていたかった。

私たち姉妹は多分、生まれて初めて、抱きしめ合って眠りについた。




 翌日の月曜日、私とすず、そして愛花ちゃんは、学校へ行かずに朝から総合病院の個室患者の家族専用控室にいた。

 ゆうは昨夜のうちにICUを出て入院棟に移されていた。

ただ、集中治療は必要なくなったものの意識が戻らない状況だったため、一般病室ではなく個室に入ることになった。


 この病院では患者の面会は家族にしか認められていないので、本来であれば、私たちはゆうに会うことは出来ない。

けれど、ゆうの唯一の親族であるお爺さんが病院に掛けあってくれて、面会が許された上に、時間までここで待つことを認めてもらったのだ。


 この部屋に案内してくれた看護師さんにゆうの状態を聞くと、大型トラックに正面から衝突されたにも関わらず、奇跡的にも打撲と擦り傷だけで大きな外傷はなく、精密検査をしても異常は見当たらなかったらしい。

けれど、病院に運ばれた時に意識がなかったために、ICUに入ることになったそうだ。

そして、ゆうの意識は未だに戻っていないとのことだった。


「取り敢えず、命に別状がないのが分かって、ホッとしたね。」

「はい、後は意識が戻るのを、待つだけ…、なんですね…、本当に…、良かった…」

「愛花さん、泣かないでくださいよう、あたしまで…、ぐすっ、泣いちゃうじゃ…、ないですかぁ…、うう…」


 ゆうの状態を聞いてようやく緊張の糸が緩んだのだろう、すずと愛花ちゃんは涙を流しながら、ゆうの無事を喜んでいる。

私も笑顔を浮かべて、二人の喜ぶ姿を見守っていた。

けれど、内心は違っていた。


 どこにも異常が見当たらないのに、ゆうの意識が戻らない。

はたしてそれが何を意味するのか、私は不安でならなかった。




 面会時間になって、私たちは病室に入ることが出来た。

ゆうは広い個室の真ん中に置かれたベッドの上で、一人、目を瞑って横たわっていた。

白い入院衣を着せられて、頭には帽子のようなものを被せられ、右腕には点滴のチューブが繋がり、左腕には太いバンドが巻かれてベッドの脇に設置された血圧や心拍数などが表示された機器にコードが伸びていた。


 ゆうは、顔色こそ青白いものの、ただ眠っているようにしか見えない。

声を掛ければ直ぐに目を覚まして、いつもの優しい笑顔で名前を呼んでくれるのではないかとさえ思えた。


「あやねえ、ゆうくんが、居るよ…、ちゃんと…、居て…くれてる…」

「そうだよ、すず、ゆうは強いからね。」


 ゆうの顔を見て、すずはまた泣き出してしまった。

私は、妹の頭に手を伸ばし、そっと抱き寄せた。


 ふと気づくと、愛花ちゃんが部屋に案内してくれた看護師さんと話をしていた。

そして、サイドテーブルに置かれたタブレット端末の画面を見た途端、大きく目を見開き、直ぐに、ゆうに視線を移して、青白くなった彼の寝顔を見つめていた。


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