第139話 家族の証

「あー、あの人ね、あれで、ゆーちゃんがポスターのメイドだって、皆にバレちゃったもんねー」

「あはは、あの人、土下座しそうな勢いだったよねぇ。」


 11月に行われた文化祭で、1日目が終了して教室にクラスメイトが集合したところに桜庭さんが現れて、2日目の2年1組の出し物へのゲスト出演を依頼された。

折角、彩菜のシフトを調整してもらったのに、それでは本末転倒だとお断りしたのだが、その際、俺が宣伝ポスターのクール系メイドを演じたことが皆に発覚してしまったのだ。

その後の弄られ方を思い出したくもないのは当然として、クラスメイトの大半が既に来年の出し物を思い描いていたようだったのが不安でならない。


「あやねえ、桜庭さんってどんな人なの?」

「ちょっと待って、この前の写真に写ってるよ…、ほら、この子。」

「おー、背が高くて、クールな感じだね、ゆうくんのメイドさんに、ちょっと似てるかも。」

「え、そうか?」

「言われてみれば、あの子も黙ってれば、クール系だし。」

「いや、俺に似てるとか、桜庭さんが気を悪くするだろ。」

「そんなことないと思いますよ? 悠樹が美人顔なのは、もう、証明されてるんですから。」

「ゆーちゃんと桜庭さんに、同じメイクすりゃ分かるってことだよねー?」

「俺はしないからね? あの1回でもう十分だから。」


 既に2年1組と1年1組には知られているとは言え、これ以上は末代までの恥となってしまうので勘弁してほしいのだが…


「週明けに、桜庭さんに聞いてみようか、案外乗ってくるかもね。」


どうやら桜庭さん次第となりそうだ…。




 一頻り会話が弾んだところで、愛花にプレゼントを渡す運びとなった。

まりちゃんと由香里さんは、愛花が学園ではポニテにしているのでと、リボンと髪飾りを贈って喜んでもらっていた。

 俺は既に渡しているので後は清澄姉妹が贈るのみとなり、二人は一緒に一つの小さな包みを愛花に手渡した。


「これはね、すずと二人で相談して決めたの。」

「愛花さんに、ぜひ受け取ってほしいんです、開けてみてください。」

「はい、じゃあ、開けますね。」


 愛花が受け取った包みを丁寧に解くと、中には平たい小箱が入っていた。

それを見た愛花は、目を見張った。


「これって…」


彼女は自分が手にしている箱に、見覚えがあったのだ。


 緊張した面持ちになった愛花が慎重に蓋を取ると、そこにはシルバーの細いチェーンブレスレットが入っていた。


「すずがね、愛花ちゃんにも、私たちと同じものを身につけてほしいって。」

「あたしたち、もう、家族ですから、早く渡したかったんです。」


 愛花はきゅっと引き結んでいた唇を笑みに変えて、涼菜の方へ小箱をスッと差し出した。


「涼菜さん、これ、つけてもらって良いですか?」

「分かりました、左手で良いですよね。」


涼菜は箱からチェーンを取り出し、愛花の細い左手首に巻いていき、留め具で長さを整えた。


「はい、これでどうですか?」

「ありがとう、ございます…、とても…、嬉しい、です…」


 右手で左手首を包み込んで胸元に引き寄せる愛花が、清澄姉妹にお礼の気持ちを伝えようとするが、涙声になってしまい言葉が途切れ途切れになっている。

彩菜と涼菜は愛花を左右から包み込み、嗚咽を漏らす彼女を優しく抱きしめていた。




 まもなく日暮れを迎える頃、誕生会はお開きになり、俺と愛花は、まりちゃんと由香里さんを駅まで送っていた。

12月中旬ともなれば、あまり気温は上がっていない。

皆、コートで身を固め、吐く息は薄らと白くなっていた。


「神崎ちゃんも来週には16歳かー、ちょっとだけ、先に行かれちゃうねー」

「学生のうちは何でも学年で区分しますから、関係ないと思いますよ?」

「それを言ったら、悠樹くんなんて、最初っから16歳だしねぇ。」

「ゆーちゃんと姫君ってさー、同級生にお祝いしてもらったこと、あんの?」

「俺もあやも、誕生日は春休み中だからね。家族に祝ってもらったことしかないよ。」

「それって、理由は違っても、私と同じってことですよね。寂しくなかったですか?」

ふた家族が集まって賑やかだったから、寂しいと思ったことはなかったな。」


 もっとも、昨年、一昨年は誕生日を祝おうと言う気持ちさえ湧かなかった。

ただ、周りに気を遣わせる訳にはいかないので、それを表に出すことはなかったけれど、彩菜と涼菜だけは誤魔化せなかった。


「じゃあ、今度のお誕生日が、お二人にとって初めて友人にお祝いしてもらう日ってことなんですね。」

「それじゃあ、気合を入れてお祝いしなくちゃね!」

「その前に、アタシたちの誕生日があるから、それ次第ってことにしようかな、ね? ゆーちゃん♪」

「これは、自分のためにも、1月と2月の誕生会は、腕に縒りをかけなきゃいけないね。」


 昨年の今頃は、自分がこのように付き合える友人を作るとは、つゆとも思っていなかった。

俺も清澄姉妹も、自分たちの殻に閉じこもることしか出来ないと思っていたからだ。


 けれど、愛花が、俺たちの考え方を変えてくれた。

俺たちも、世の中の一部なのだということを教えてくれた。

俺たちは友人を作っても良いのだと、自分たち以外の人を愛しても良いのだと…。


 俺と清澄姉妹は、愛花と出会えたことに感謝しているし、それは一生変わらないだろう。


 クリスマスが近くなってきた。

普段、信仰などとは無縁の俺だが、今日ばかりは神様と言うやつを信じても良いかも知れないと思った。



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