第136話 帰宅

「きみが学園に来てくれて、良かったよ。そのまま高校に上がることは考えなかったの?」

「女子校も、中で色々ありますから。学力もこの辺では稜麗学園が一番上でしたので、迷いはありませんでした。」

「中学で何かあった?」

「私自身は何もありませんけど、派閥とかイジメとかで、人間関係で悩んでいる子もいましたので…。学園ではそういうの聞きませんよね。」

「そうだね、共学だからってことでもないと思うけど、煩わしさはないね。」

「校訓が"自由闊達"ですし、縛りがないのが良いのかも知れませんね。」

「中学は縛りがキツかったんだ。」

「はい、それはもう、うるさかったです。」


 稜麗学園のような徹底した放任主義もどうかと思うが、生徒を校則などで縛り付けて従わせようとするのも如何なものかと思う。

私立の場合はブランドイメージが大事なのは分かるけれど、そのために居心地の悪い環境を作ってしまうのは、寧ろマイナス効果を生むことになりかねないと思うのだが。


「愛花は品行方正だから、それでも平気だと思うけど。」

「そうですね、この性格ですから、学校には何も言われませんでした。クラスメイトに『お堅い』と言われたことは、何度もありますけどね。」


 愛花は苦笑いを浮かべているけれど、嫌な思い出と言うほどではなさそうだ。

学園入学当初の彼女もクラスメイトにお堅い学級委員というイメージを持たれていたが、煙たがられることはなかったので、きっと同じような感じだったのだろう。

最近は以前に比べると物腰も柔らかくなって、お堅いイメージは払拭されつつある。

先日、まりちゃんが言っていたように、恋が彼女を良い方向に変えたと言うのなら、彼氏冥利に尽きると言うものだ。


「俺は最初から、可愛らしくて一生懸命な子だなって、印象だったけどね。」

「ふふ、ありがとうございます。でも、考えてみれば、悠樹の前でしかそういう姿を見せていなかったような気がします。」

「そうだったんだね、気づかなかったよ。」

「他の人たちには学級委員として接していましたから、鷹宮さんには揶揄われるだけでしたけど。私、最初から、君を特別な目で見ていたんですね…」


 愛花は大切な思い出を慈しむように穏やかな笑みを浮かべて、テーブルの上で重ねていた自分の両手に視線を落としていた。




 会話を楽しみながらゆっくりと食事をした後、時間が許す限り二人きりを楽しんでから地元に戻り、今は近所のスーパーに寄っていた。

中堅どころのローカルスーパーなので、品揃えは然程でもない。

ここの良いところは、我が家の至近にあって、学園からの帰宅時に寄り易いことくらいだ。

それでも、普段、大型スーパーで買い物をしている愛花には物珍しいのか、彼女は店内をキョロキョロ見回しながら歩いていた。


「ほしいものがあったら、カゴに入れてくれれば良いよ。」

「はい、ありがとうございます。今日のところは大丈夫です。」

「それにしては、熱心に見てるけど。」

「近いうちに利用する機会が増えるんですから、早めに見聞しようと思いまして。」


 どうやら愛花は、同居後のことを考えてくれているようだ。

2年以上先の話なので流石に早すぎるだろうと思ったら、笑いが込み上げて来る。

ただ、彼女が一生懸命陳列棚を覗いているのに笑うのもどうかと思ったので、気づかれる前に何とか堪えた。


 精算のためにレジに行くと、顔見知りの店員に声をかけられた。

店を利用する度に必ず見かける働き者のお姉さん(推定年齢50代)だ。


「あら、今日は可愛い子と一緒なのね、妹さん?」

「はい、兄がいつもお世話になってます。」

「こちらこそ、いつもご贔屓にしてもらってますよ。ちょっとー、しっかりした妹さんじゃない。」

「ええ、自慢の妹です。」


「ふふ、やっぱり、妹ですよね。」

「てっきり、違いますって言うのかと思った。」

「以前なら、そうだったかも知れませんね。でも、今はどうでも良いです。」

「そうなの?」

「はい、周りにどう見られようと、私たちが分かっていれば良いことですから。」

「それもそうだ、それじゃあ、手を繋いで帰りますか、自慢の妹さん?」

「はい、エスコートお願いしますね、自慢のお兄さん?」

「俺も自慢してもらえるんだね。」

「もちろんです。本当は自慢の恋人ですけどね。」




 スーパーを出て、あまり会話するいとまもなく我が家に到着した。

玄関の鍵を取り出そうとしたところで、ふと思いついて、愛花に声をかけた。


「今日は愛花に鍵を開けてもらおうかな、良い?」

かしこまりました。ふふ、この鍵を使うのは初めてですね、何だか緊張します。」


 愛花が先日渡した合鍵をゆっくりと鍵穴に差し込み、えいっと一気に捻るとカチャリと音がして開錠した。

どの家の扉でも行われる当たり前のことなのだが、愛花はとても嬉しそうに微笑んだ。


「悠樹、開きました、これで私もこの家の一員ですね。」

「そう思ってもらえて良かった、さ、入ろうか。」

「はい!」


 玄関のドアを開けて、まずは愛花が、続いて俺が家に入る。


「「ただいま。」」


 この家の一員であれば、当然、玄関に入った時の挨拶も変わる。

俺が言うまでもなく、愛花は自然と帰宅の言葉を口にしていた。


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