第135話 懐かしい眺め

 11時に祖父の家を出て、車で駅まで送ってもらった。

冷蔵庫を覗くと食材があったので何か作ろうかと思っていたら、12時頃に再婚相手の子供が来て昼御飯を共にする予定があると言うので、そそくさと辞してきたのだ。


 祖父と再婚相手は好き合った当人同士ではあるが、相手の子供との関係はどのようなものか少々気になっていた。

わざわざ出向いて来ると言うのだから、好意的に捉えてくれているのだろう。

新しい父親と言うよりは祖父が出来た感じなのかも知れないが、それでも嫌われたり無視されるよりは余程マシだと思う。


「爺さん、ありがとう、彼方さんにも、よろしく言っといてくれ。」

「ああ、分かった、また連絡するよ。神崎さん、また来てください、悠樹をお願いします。」

「はい、本日はありがとうございました。」


互いに別れの挨拶をして、今日最大のミッションは終了した。




 帰りの電車の中、俺と愛花は空いていた席に座り、ようやく一息ついた。


「お疲れ様、愛花、おかげで何とかなりそうだよ。」

「いえ、私は何もしていませんから、もっとお役に立てれば良かったんですけど…」

「そんなことないよ、爺さんはきみと会って話をしたからこそ、ああ言ってくれたと思うしね。」


 愛花の頭にちょこんと乗っているベレー帽の上にポンと手を置くと、彼女は一度こちらを見上げてから視線を戻し、ぴとっともたれかかってきた。


「私もお会いできて良かったと思ってます。素敵な方ですね。」

「愛花を見て子供だと思ってたけどね。」

「ふふ、私がこんな格好ですから、仕方ないですよ。」


 愛花は、ブラウンを基調にしたグレンチェックの膝上丈のプリーツスカートとジャケットに、スタンドカラーの白いフリルブラウスを合わせて初冬らしさを演出し、頭にはチャコールグレイのベレーを被り、足元には黒いタッセルローファーを履いてフォーマルに決めている。

 ジュニアモデルばりの小さくて可愛らしい女の子がこの服装で目の前に現れれば、小学生のお嬢さんと言われても仕方ないかも知れないけれど…。


「俺の恋人が小学生な訳ないんだけど、困った爺さんだよ。」

「私たちが同い年だって知らない人からは、どんな間柄に見えるんでしょうね。」

「仲の良い兄妹かな、流石に親子はないと思うけど。」

「そう言えば、前に、彩菜さんに『仲良し親子に見えるんじゃないか』って言われましたね。」

「愛花が10年後も今と変わらなければ、ホントにそうなるかも。」

「26歳で見た目が小学生って…、ちょっと笑えないですね。」

「46歳で子供の個別面談に行ったり。」

「私が子供だったら、恥ずかしくて、絶対に来てほしくないです。」

「100歳で曾孫より若く見られるとか?」

「私、妖怪じゃありませんからね?!」


 自分で冗談を言っておいて何だが、100歳の愛花をちょっと見たくなってきた。

今、俺の中に、長生きする目的が一つ生まれた…かも知れない。




 電車に乗って30分ほどしてから、昼御飯を摂るために少し大きめの駅で降りた。

土曜日の昼時ともなれば、どこの食事処も家族連れで直ぐにいっぱいになる。

出来れば12時前に店に入りたいと話したところ、愛花が駅周辺の事情に詳しいと言うので降りることにしたのだ。


「ここまで毎日、通って来てたんだね。」

「はい、往復4時間を3年間ですから、今考えると、時間がもったいなかったですね。」


 愛花の案内で、駅からほど近い商業施設の2階にあるファミレスに入った。

12時前と言っても流石に土曜日だけあって、直ぐに座ることは出来なかったが、然程待たされることなく窓際の席に案内された。


「ここには卒業してから初めて来ました。懐かしいですね。」


 愛花は口元に笑みを浮かべ、窓の外に目を向けていた。

彼女が通っていた私立中学への通学路がここから見えるらしく、無言で人の流れを眺めている。

俺は愛花の横顔を静かに見つめていた。




「すみません、本当に懐かしくて、つい。」

「ほんの少しだったし、気にしないで、さ、食べようか。」


 暫くして、料理が運ばれて来たところで、愛花は恋人を放っていたことに気づいて、平謝りしてきた。

俺としては、普段あまり見ることのない彼女の穏やかな横顔を堪能することが出来、寧ろ有難いくらいなのだが。


 俺たちは食事をしながら、愛花の中学時代の話をした。

彼女と知り合ってから、意外にも、一度も聞いたことがなかった。


「そっか、学力のことだけじゃなかったんだ。」

「はい、近くの私立も考えたんですけど、男子が苦手でしたので女子校にしたんです。」

「今もあまり得意じゃないよね。俺に声をかけてきた時も緊張してたし。」

「男子だと言うのと、勝負を挑むんですから。あの時、思い切って良かったです。」

「きみが声をかけてくれたのが、俺たちの始まりだものね。」

「あの時はこうなるとは思っていませんでしたけどね。」


 7ヶ月前のことを思い出して、二人してくすくすと笑った。

あの時、試験成績1位を目指して勝負を挑んできた女の子が、今は目の前で可愛らしい笑顔を見せてくれているのだから、縁というのは分からないものだ。


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