第134話 相談事

「こちらのことは、これくらいで良いだろう。そろそろ、本題に入っていいかな? まずは、お前の話を聞こうか。」


 俺が初めに祖父にした話は、実にシンプルだった。

まずは、俺が愛花と一緒に居たいと思っていること。

次に、愛花も同じ考えなのと、元々大学進学と同時に親元を離れる意思があったこと。

更に、清澄姉妹も愛花の同居に賛同していること。

また、俺と清澄姉妹との依存関係が故に、姉妹と離れて暮らす訳にはいかないこと。

そして、彩菜を皮切りに、俺たちが今の家から通学できる同じ大学を目指していることを話した。


 以上に加えて、俺たちが一緒に居たいと思う根幹となる理由を最後に話すことにした。


「俺とあやたちにとって、愛花は最初の理解者で、特別な人なんだ。互いに相手を尊重できる関係性を築けている唯一の人だと言っても良い。だから、俺の恋人としてだけじゃなくて、あやとすずも、愛花と離れたくないと思ってるんだ。」

「私も同じ気持ちです。正直言って、最初は理解出来ませんでしたけど、悠樹たちと接している内に、この人たちの後押しをしたいと、行く末を見守っていたいと思うようになりました。彩菜さんと涼菜さんが居ると分かっていて、悠樹と恋人になることを望んだのもそれが理由の一つです。」


俺と愛花は視線を合わせて互いの言葉に齟齬がないことを確認した。


「俺たちの話はここまでだよ。」


 俺たちの話をじっと聞いていた祖父は、ふう〜っと長い息を吐き出し、やれやれと言う表情で後ろ頭を掻いた。


「神崎さんに確認したいのだが、ご両親は何と言っておられるのかな?」

「両親には、以前から大学進学の時に家を出るかも知れないとは話していますけど、悠樹や彩菜さんたちとのことは話していません。」

「なるほど、家を出ること自体は問題なさそうだと。」

「はい、そう思っていただいて結構です。」

「分かりました。」


 祖父は愛花の返答を聞いてから、腕組みをして暫し考えた後、ふっと表情を柔らかくして俺たちに告げた。


「悠樹も、神崎さんも、よく似ているな。」

「え?」「はい?」

「二人とも、大仰に考え過ぎじゃないかな。君たちが互いに同棲を望んでいて、清澄のお嬢さんたちも認めているんだから、それだけで十分だろう。神崎さんは兎も角、悠樹は、私の考え方など、分かっていると思っていたけどね。」

「いや、そうは言っても、あやとすずの時とは事情が違うし…」

「その事情とやらで、私が何か言うと思うか?」

「いや、ない、な。」

「私の考え方は、昔から何も変わってないよ。惚れた女性がいて、その人のために何かしたいのなら、それで良いじゃないか。まあ、お前の場合は、相手の人数が多いとは思うけどね。」


 自問自答や意思の摺り合わせ自体は決して悪いことではないし、寧ろ意思固めには必要なことだと思っているけれど、それをどのように伝えるかは相手次第だ。

結局、祖父にとっては、下手な考え休むに似たりということなのだろう。


「約束どおり、お前が大学を出るまでは支援する、あの家もいずれお前の物になるのだから好きにすれば良い、まあ、今回のように事前に話はほしいけどね。」

「それじゃあ、愛花のことは…」

「ただし、克服しなければいけない課題はある。まずは、世間の目だ。親はどうしても世間体に左右される。清澄のご両親は覚悟を決めているが、神崎さんのご両親にそれが出来るのかは未知数だ。娘と孫の将来を考えれば、婚姻という話も出てくるだろう。仮に自分の本意でなかったとしても、形式だけは整えなくてはいけないこともある。世の中は、自分の理屈だけじゃ、通らないことが多いからね。」


 祖父の言うことは、以前の俺なら反目したり、聞く耳を持たなかったりしたかも知れないけれど、独りよがりでは何も出来ないと気づいた今は、しっかりと胸に響いてくる。

これはしたいけれど、あれは嫌だと声高に叫ぶだけでは、結局、何もかもが行き詰まってしまいかねない。

将来を考えれば、近しい人たちだけでなく、世間というものを味方につけなければいけない場面は出てくるだろうし、少なくとも、親にはきちんと相談する必要があるのだと思う。


「分かったよ、爺さん、愛花の両親ともしっかりと相談する。その上で将来に向けて出来ることを考えるよ。」

「お前も少しは柔軟になったかな。いずれにしても、まずは当たってみることだ。理屈を捏ねるのは、それからでも遅くないだろう。ああ、それと、清澄のご両親とは話がついてるからな、彼方も私と同じ考えだ。」

「ごめん、爺さん、後手に回った。」

「どうせお前のことだから、あれこれ考え過ぎてるのだろうと思ってたよ。まあ、気にするな、私も連絡していないことがあったしな。」


 祖父はそう言ってくれているが、本心では連絡が来ないことにヤキモキしていたに違いない。

それでも、敢えて連絡をして来なかったのは、俺から相談するのが筋道だと思っていたのと、こちらの話を聞くまでもなく、答えが決まっていたからだろう。

俺が悩むことなど、祖父にとっては他愛もないことなのかも知れない。

年季の違いというのは、こういうところに出るものなのだなと思った。


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