第133話 顔合わせ

 土曜日の朝、俺と愛花は、俺の祖父の家に向かうため、電車に揺られていた。

俺たちの大学進学に合わせて愛花を我が家に住まわせることについて、俺の保護者であり我が家の持ち主でもある彼に、直接相談するためだ。

 清澄姉妹の時とは事情が違うので、直ぐに色良い返事がもらえるとは思っていないけれど、まずは俺の正直な考えを伝え、愛花という人を知ってもらうことから始めようと、祖父との面談を約束していた。


 隣に座っている愛花を見ると、流石に少し緊張しているようだ。

ただ、それは相談内容についての不安などではなく、初対面の人と会う時に良くある程度のものだろう。

そもそも、彼女は男性と話をするのが、あまり得意ではないのだ。


「愛花、向こうの駅に着くまで、まだ30分くらいかかるよ、今はリラックスしておこうか。」

「は、はい、分かってます、分かってるんですけど…」

「けど?」

「お付き合いしている人の保護者の方に、初めてご挨拶に伺うんですよ? 緊張するなって言うのが無理です。」

「あー、ごめん、それ、考えてなかった。」

「ええ?! うう、私がこんなにドキドキしてるのにぃ。」


 言われてみれば、もっともなことだと思う、普通は緊張するものだろう。

俺自身が愛花の両親に挨拶に行った時には、彼らに何ら期待するものはなく気負いもなかったので、まるで気にしていなかった。

 目先のことだけを考えて、そういう配慮が欠けてしまうところは、俺もまだまだだと思う。


「ホントにごめん、でも、会ってみれば分かるけど、うちの爺さん、気さくで話し易い人だから、直ぐに安心できると思うよ。」

「それは、彩菜さんから聞いてます。まるで将来の悠樹を見ているようだと言ってましたので。でも、緊張するものは、しますから。」


 愛花は祖父についてリサーチ済みのようだ。

しかも、情報源から実に的確な内容を仕入れているようなので、余計な補足は控えておこうと思う。


 まもなく電車は目的の駅に到着し、俺たちが待ち合わせ場所に行くと、祖父が車を停めて待っていてくれた。


 助手席の窓をノックすると祖父は車から降りてきたのだが、こちらを見た途端、目を丸くした。

彼が何を思ったのか察した俺と愛花は、目配せして頷き合った。


「爺さん久しぶり、こちらが神崎愛花さんだ、愛花、こちらが俺の爺さんだ。」

「初めまして、悠樹くんとお付き合いさせていただいています、神崎愛花です。」


 愛花が丁寧な口調で挨拶してぺこりとお辞儀をすると、祖父は我に返り、慌てて返礼した。


「あ、ああ、ご丁寧にありがとうございます。悠樹の祖父です。」

「爺さん、これ見てくれ。」

「うん? 一体なんだ…え?」


 俺が愛花から借りた生徒手帳を見せると、祖父は再び目を丸くして、愛花と生徒手帳に視線を往復させた。




「神崎さん、大変失礼しました。」

「い、いえ、気にしていませんから、頭を上げてください。」


 祖父のマンションに入り、俺がお茶を用意していると、彼はテーブルに両手をついて愛花に頭を下げていた。


「随分お若い方だとお見受けしたので、少々混乱してしまいました。」

「本当に気にしていませんので、良くあることですから。」


 愛花は最近、小さな体が幼い印象を持たれることを余り気にしなくなった。

以前は服装を大人っぽく変えようとしたこともあったのだが、俺がそのままでいてほしいと言ったことも手伝ってか、自分の容姿を自然体で受け入れられるようになっていた。

 だからと言って、まるで平気という訳にはいかないだろうが、少なくとも、先ほど祖父が勘違いした程度であれば問題はないようだった。


 二人の前にお茶を置いてから愛花の隣に座り、本題に入る前に、気になっていたことを先に聞いておくことにした。


「なあ、爺さん、再婚の話はどうなってるんだ? その内連絡が来ると思ってたんだけど。」

「ああ、連絡せずにすまんな。彼方あちらが今、実家に報告に行ってるんだ。帰ってきたらお前に会わせようと思う。」

「いつ帰ってくるんだよ、来週は試験があるし、土日は12月中は難しいかも知れないけど。」

「1月7日に帰国する予定だから、14・15日辺りでどうだ?」

「ちょっと待て、帰国って外国人なのか? そんな話聞いてないぞ。」

「そりゃあ、言ってないからな、イギリス人だよ。」


 祖父の再婚相手の素性など然程興味はなかったが、外国人と言われれば流石に驚く。

相手とは趣味のワイン・サークルで知り合ったらしく、何度か話をしている内に互いに惹かれたらしい。

ちなみに、祖父が英語で話しているのを聞いたことはない。


「彼女が日英通訳をしていて、日本語が達者だからな、私も、日本語でしか話したことはないよ。」

「住まいはどうするんだ? どこか借りるのか?」

「駅の近くに、ちょうど良い中古マンションがあったから、契約したよ。私は来月、彼方は3月に入居予定だ。」

「随分とズレるんだな。」

「子供の高校受験があるんでな、学校が決まってから引っ越すんだよ。」


 それならば新居も進学先が決まってから探せば良いのではないかと思ったが、子供が一人暮らしを望んでいるので、いつ決めても同じことらしい。

子供がどのような理由で一人暮らしをしたいのかは気になるところだが、こちらの生活に影響がないのであれば、余計なことに首を突っ込む必要はないだろう。


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