第132話 似たもの夫婦

 2学期の期末試験初日の朝、日課の筋トレをしていると、涼菜がトレーニングウェアを着て2階から降りてきた。


「ゆうくん、おはよう、ふあ〜」

「おはよう、すず、眠たそうだな。」

「んっんーん、昨日、遊びすぎたかも。ちょっと筋肉痛もあるし。」


 涼菜は俺が用意しておいたスポーツドリンクを一口飲み、筋肉痛の箇所を確認するように伸びをしてから、そのままストレッチ前のウォームアップを始めた。


 彼女は昨日、仲良しの女子三人に誘われて、市立体育館でバドミントンを楽しんできた。

 バドミントンを嗜んだ方ならお分かりと思うが、あれはガチでやると結構キツい。

普段運動していない人にとっては、筋力も持久力も1試合保たないほどの運動量になるので、『たまには運動でもするか』と軽い気持ちでやってはいけないスポーツの一つだろう。

 それを涼菜は、午後の数時間とは言え、三人を相手にぶっ続けでやっていたにも関わらず、翌日ちょっとの筋肉痛で済んでいるのだから大したものだと思う。


 それに比べてあちらでは…


「いつっ、うー、腰痛いー」

「あや、無理しない方が良いぞ、腰は大事にしないとな。」


先に起きてウォームアップを始めていた彩菜が、体を動かす度に腰の痛みを訴えていた。


 昨日、俺が風呂掃除をしている時に、それを見ていた彩菜が自分もやってみたいと言い出したので、デッキブラシを持たせて床掃除をさせてみた結果がこれだった。

 我が家の浴室は使う分には広々としていて良いのだが、掃除しようと思うとその広さが仇となって中々にしんどい。

特に床はデッキブラシで真面目に擦ると、慣れないうちは後から腰に来てしまう難敵なのだ。


「うん、そうする。ゆう、後で湿布貼って。」

「今、持ってくるよ。取り敢えず、ソファーに転がってろ。」

「くすくす、ゆうくん、やっさし〜♪」


 彩菜は根っから素直で真面目なので、一度手をつければ決して手抜きをせずにやり遂げようとするし、目標を定めれば努力を惜しまず邁進する。

彼女が学園で見せる文武両道の姿こそ、その成果の表れなのだが、なぜかそれは家事には振り向けられないのだから不思議なものだ。


 階段下の収納庫から無臭タイプの大判の湿布を取ってきて、ソファーでうつ伏せに寝そべっている彩菜の脇に座った。


「痛いのは、どの辺だ?」

「うーん、腰骨の辺りかなぁ。」


 彩菜は後ろ手に腰を何箇所か押しているが、痛む箇所がはっきりしないようだ。

仕方ないので試しに腰骨の左下辺りを親指でぎゅっと押してみると…


「うっ、そこ、そこが痛い!」

「当たりか、右側はどうだ?」

「うう、そっちも当たり〜、両方とも、お願いします。」

「はいはい、服、ずらすぞ。」

「はーい、よろしくー」


 彩菜のトレーニングシャツを上に少し捲り、トレーニングパンツをショーツごと、尻が出るくらいまでグイッと下げる。

確認のため、もう一度、彼女の腰骨下2箇所を押すと『うっ』と呻き声が上がり、白い尻がビクッと揺れた。


 彩菜の腰と尻の境目辺りの患部を中心に湿布を2枚貼ってから、終了の合図代わりに尻をペチンと叩くと、彼女はフルリと尻を揺らした。

おや? と思い、今度はペチペチと2回叩くと、フルフルと2回揺らす。

続けて、ペチペチペチと3回叩くと、フルフルフルと3回揺らす。


「ククククッ」「フフフフッ」


二人とも声を押し殺して笑い出すけれど、何とも楽しくて止められない。


ペチペチペチペチ、フルフルフルフル

ペチペチペチペチペチ、フルフルフルフルフル


「「あははははははははっ!」」


これを何度か繰り返すうちに、ついに二人とも堪えきれなくなって、大笑いしてしまった。


「はははっ、ごめん、あや、もうダメだ、ククッ、腰、痛くないか?」

「は〜っ、面白かった、お尻振ってたら、疲れちゃった〜」


「ゆうくんも、あやねえも、朝から楽しそうだね〜」


俺たちの側では、ストレッチを続ける涼菜が、呆れかえっていた。




 家を出て学園へ向けて歩き始めて直ぐに、彩菜の歩幅が狭いのに気づいた。


「あや、腰か?」

「うん、普通に歩くと、少し響くんだよね。」

「そうか、じゃあ、こっちの方が良いな。」


繋いでいる手を離して彩菜の方に肘を突き出すと、彼女は笑顔でこちらを見て腕を取った。


「ふふ、こうするの、久しぶりだね。」

「たまには、これも良いだろ? 今日はゆっくり行こう。」


 しずしずと歩く彩菜に合わせて、そろそろと歩みを進めて行く。

期末試験があるので遅刻する訳にはいかないが、元々早めに家を出ているので遅れることはないだろう。


 学園の最寄駅からの道との交差点を渡ると、学園生の人数が一気に増えた。

いつもならこの時間にはいない俺と彩菜がいて、しかも随分ゆっくりと歩いているのが目立つのだろう、ほとんどの生徒が追い抜きざまにこちらをチラッと見つつ、先を急いでいた。


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