第130話 ごちそうさま

 和樹と結菜が亡くなってから二人のことに触れてしまうと闇に呑まれ、その度に清澄姉妹に助けられていたことを愛花に話した。

そして、姉妹のおかげで最近では以前彼女に見せたアルバムも自分で開けるようになり、2年前とは比べものにならないほど状態が改善してきたことも。


「君と彩菜さん、涼菜さんの絆の強さをあらためて感じますね。お二人が君の側に居てくれなかったらと思うとゾッとしません。感謝しなくてはいけませんね。」

「きみの言うとおりだ。俺が彼女たちに出来るだけのことをしてあげたいと思っているのは、そう言う理由もあるんだよ。」


 俺が歩いてきた道程には、必ず清澄三姉妹がいた。

それがどのような形であれ、彼女たちが居なければ今の俺はあり得なかった。

愛花の言うとおり、俺たちの絆の強さにあらためて感謝したい。




 月曜日の朝、四人で我が家を出た。

愛花は名残惜しそうに目を細めて、つい先ほどまで過ごしていた仮住まいを仰ぎ見ていた。

 たった3泊とは言え、俺と彩菜、涼菜の三人と寝食を共にした経験は、彼女の中に豊かな彩りを残していると思いたい。

なぜなら、俺たちの中には、彼女が残してくれた4つ目の色が、息づいているからだ。


「愛花さん、やっぱり、今週は無理ですか?」

「私も、そうしたいんですけど…、来週が、期末試験じゃなければ良かったんですけどね。」


 昨夜、ベッドの中で、四人での生活について夢を膨らませた。

まだ、2年以上先の話ではあるけれど、明るい将来を見据えた語らいは、俺たちを高揚させるには十分だった。

 その中で、毎週末、愛花にお泊まりしてもらえると楽しいという話が出た。

会話のノリでのことだったが涼菜が随分とご執心で、今も諦めきれずに誘ってしまったという訳だ。


「でも、私も、ぜひまた皆さんと一緒に過ごしたいと思いますので、そのうち都合をつけてお邪魔しますね。」

「はい、待ってますね♪」

「うちはいつでも大丈夫だからね。」

「そうだね、って言うか、はい、これ。」


 愛花の手を取って、小さな掌に、用意しておいた物を握らせた。

彼女は掌を開くと、目を丸くして、こちらを見上げる。

彼女の掌には、我が家の合鍵が光っていた。


「悠樹…」

「気が早いかなとも思ったんだけど、渡しておくよ。いつでも好きな時に来てくれると嬉しい。」

「ありがとうございます…、大切にします…」


愛花は目を閉じて、両手に包んだ鍵を宝物のように胸に抱いた。




 その日の昼休み、試験準備期間に入り図書室の開放は放課後のみとなっているので、月曜日としては久しぶりに教室で弁当を広げていた。

ただし、ここは俺が所属する1年1組ではなかった。


「次は、きんぴらだ、ほら、あーん。」

「あーん、はむっ、ん、おいし♪」

「卵焼きはネギ入りとネギなし、どっちにする?」

「ネギ入りでお願い。」

「分かった、ほら。」

「はむっ、うーん、お出汁が効いてて、美味しい♪」


 既にお分かりだと思うが、ここは2年1組、彩菜の教室だった。

当初、俺は自分の教室で弁当を食べるつもりだったのだが、弁当箱の蓋を取って今まさに食べ始めようとした時に、彩菜から緊急連絡が入った。

彼女は教室で弁当箱をひっくり返してしまったのだ。


「私まで、ご相伴に与って良いのかしら。」

「片付けてもらいましたから、それくらいしかお返し出来なくて、すみません。」


 やらかした本人が呆然として役に立たない状態だったので、見かねたあかねさんが、ぶちまけられた弁当箱の中身を片付けてくれたのだ。

ここ3ヶ月間、彩菜ラブの彼女は、俺への対抗心を隠そうとしなかったが、今日のところは大人の対応をしてくれているので助かる。

折角の昼休みに上級生の教室でギクシャクするなど、ごめん被りたいものだ。


 まるで雛鳥に餌を与える親鳥のように、彩菜の口に次々とおかずを放り込んでいる俺の手元を見て、あかねさんが何かに気づいたようだ。


「ちょっと、悠樹さma…じゃない、悠樹くん、あなたのおかずは?」

「俺は白飯さえあれば良いんで。あやは白飯どうする?」

「私は良いけど…、ごめん、ゆう、食べさせてもらうのが嬉しくて、ゆうのおかずのこと考えてなかった。」

「お前が喜んでくれたなら、それで良いよ、美味かったか?」

「うん、美味しかった、いつもありがとう、ゆう。」

「どういたしまして。もう、ひっくり返すなよ?」

「うう、気をつけます、ホントにごめんね?」


 しゅんとして上目遣いで謝罪する彩菜の頭をやんわりと撫でながら笑顔を向けると、ふわりとした微笑みを見せてくれた。


「やっぱり、お前には笑顔が1番似合うな。じゃ、俺は戻るよ、また放課後にな。」

「ふふ、ゆうの前だからだよ? またね。」


「「「「ごちそうさまでした!」」」」


 周囲から一斉に、温かな声がかかった。

先輩諸氏からの罵詈雑言を覚悟しての遣り取りだったのだが、2年1組の皆さんは良い人ばかりだ。


 出入口で教室内へ一礼してから廊下に出ると、あかねさんが腕組みをして立っていた。

いつのまにか先回りしていたようだが、俺に何か用があるのだろうと足を止めるや否や…


「これ、持って行きなさい。」


彼女はつっけんどんに、ふりかけの小袋を差し出してくる。


「白いご飯だけじゃ、可哀想だと思ったのよ、ほらっ。」

「ありがとうございます、助かります。」


 俺が素直にふりかけを受け取って礼を言うと、あかねさんは、ふんっと鼻息荒くそっぽを向いて、そのまま教室に戻って行く。

彼女の頬は、ほんのり桜色を帯びていた。


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