第120話 カミングアウト
学園に到着して昇降口で彩菜と分かれてから、愛花と一緒に教室に向かった。
その途中、彼女にこれからの登校のことで話さなければいけないことがあった。
「愛花、明日からは家から真っ直ぐに登校した方が良いと思うんだ。」
「待っていない方が良いですか?」
「これからどんどん寒くなるし、雨の日も大変だよ。また熱を出すかも知れないし。」
「そうですね、教室で直ぐに会えますし、明日からはいつもどおりにします。」
実は先ほど愛花が待っていてくれた場所は、彼女の本来の通学路上ではなかった。
単純に俺と愛花の通学路が交わる所で待ち合わせると、学園までは残り5分程度になる。
愛花は通学時に出来るだけ長く俺と連れ立って歩きたいと、わざわざ遠回りして俺の通学路の中間点あたりまで来てくれていたのだ。
彼女の気持ちはとても嬉しいのだが、折角、学園近隣に住まいがあるのにそれでは申し訳ないし、先ほど言った理由もあって、別々に登校することにしたのだ。
愛花と一緒に教室に入って皆に朝の挨拶をしながら自席に着くと、既に登校していた、まりちゃんが話しかけてきた。
「おっはよ、ゆーちゃん、今日は神崎ちゃんと一緒なんだねー」
「おはよう、まりちゃん、途中から一緒に来たんだよ。」
そう返答をしたところで、まりちゃんとの僅かな隙間にいきなり人影が割り込んできて、俺もまりちゃんも思わず後ずさってしまった。
「「うわっ?!」」
「ちょっと悠樹くん! 神崎さんと何があったの?! 何で名前呼び捨てなの?!」
由香里さんが、血相を変えて飛び込んできたのだ。
彼女の後ろには、両手を『ごめんなさい』の形にした愛花が立っていた。
多分、俺と一緒に登校したことを由香里さんに問われて、俺と同じように答えたのだろうが、そこで名前を口にしたのだろう。
俺たちが名前を呼び合えば、関係性に変化があったのは察せられることだし、そもそも隠すつもりもない。
彩菜のように学園に目をつけられることがあるかも知れないが、愛花は彩菜以上の成績優秀者だから、学園側も事実上、黙認せざるを得なくなるのは目に見えている。
ただ、友人たちには自分の口で早めに話すべきだと思ったので、まりちゃんと由香里さんに正直に話した。
「俺たち、一昨日から付き合うことにしたんだよ。それで呼び方を変えたんだ。」
「「え?!」」
二人は目を丸くして、口をあんぐりと開けたまま、機能停止に陥った。
「清澄先輩、認めちゃってるんですか?!」
「だって、愛花ちゃんは私たちにとっては特別な子だし、私とゆうの関係は何も変わらないからね。すずも同じだよ?」
「さっすが、正妻、どっしり構えてるわー」
昼休みの図書室で、彩菜を交えて俺と愛花の裁判(?)が行われた。
被告人は俺と愛花、検察官は由香里さん、証人兼弁護人は彩菜、まりちゃんは傍聴人と言う名の野次馬と言ったところだ。
なお、裁判官がいないので、判決が出ることはなかった。
「うわぁ、ようやく悠樹くんと清澄先輩たちとのことが分かりかけてきたと思ってたのに、急にまたややこしいことになってきちゃったぁ。」
「由香里ぃ、落ち着きなってー」
「そんなの無理! まりちゃんこそ、なんで、落ち着いてられるの?!」
「だってさー、よく考えてみなよ、ゆーちゃんだよ? この天然たらしのコレ(小指)が二人だけで済む訳ないじゃん。」
酷い言われようだと思ったが、実際に三人目がここにいるので反論するつもりはない。
ただ、由香里さんが言っていた『急に』という言葉には、『異議あり!』と言わせてもらいたい。
俺は愛花と初めて言葉を交わした時から、彼女のことを可愛いと思い愛でていたし、真摯な言葉に胸を打たれていた。
更に、清澄姉妹以外でただ一人、心からの素直な言葉で褒め讃えていた。
つまり、無意識とは言え、愛花のことを姉妹と同じように扱っていたことになる。
今にして思えば、多分愛花と出会って間もない頃から、心のどこかに彼女を想う気持ちが芽生えていたのだと思う。
そして、その気持ちが半年余りが経った今、表面に浮かび上がって来たのは、もちろん、清澄姉妹のおかげで俺の気持ちに変化が生じ、自分の心と向き合うことが出来るようになったことも大きいけれど、愛花の気持ちの高まりが俺の心を揺り動かしたことが、最も大きな要因だった。
京悟くんは、愛花は入学当初から俺が好きだったんじゃないかと言っていたし、結局、俺たちは最初から惹かれ合っていたと言うことなのだろう。
「あーあ、神崎さんとは、フラれた者同士だと思ってたんだけどなぁ。」
「私もそう思ってたんですけどね、まさか、こうなるとは思いませんでした。」
「これで、悠樹くんを好きになって、彼女じゃないのって、わたしだけじゃない、孤独感半端ないよぉ。」
「何言ってんの由香里、アタシがいるじゃん。」
「えー、でも、まりちゃんは違うじゃない。」
「違わないよ? この人、アタシの初恋の相手だもん。」
この後、被告人の片方を入れ替えて、再度開廷されたことは言うまでもない。
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