第119話 思いの丈
愛花の部屋を出て、名残惜しさを感じながら、静かにドアを閉じる。
右の掌を見つめ、もう残っていない彼女の温もりを思い浮かべた。
玄関に向かう途中、リビングに居た京悟くんに声をかけた。
「京悟くん、俺は帰るね。お姉さんは熱も大分下がったようだから心配ないと思う。でも、まだ本調子じゃないから、無理しないように見ていてあげてほしい。手助けが必要なら、連絡をくれれば良いよ。」
「分かりました、ありがとうございます。」
京悟くんと連絡先を交換してから、玄関に行った。
靴を履いてから、見送りに来てくれた彼に、なぜスーパーで俺に来るように言ったのかを尋ねた。
「姉貴は、多分ずっと前から御善さんが好きだったんです。前に初めて見た時から気になったって言ってました。御善さんには清澄先輩と先輩のお姉さんが居るのは分かってます。だから、好きになってくれとは言いません。でも、どうか、姉貴のことを見捨てないでやってください。あんなにちっちゃくても、頑張り屋の、良い姉貴なんです。だから、お願いします。」
京悟くんは姉への思いを俺にぶつけて、深々と頭を下げた。
以前、愛花から京悟くんのことで相談を受けた時に弟思いの姉だと思ったことがあったが、弟も彼女に負けないくらい姉思いのようだ。
きっとお互いを思いやれる、絆の深い姉弟なのだろう。
「京悟くん、きみのお姉さんは、俺にとってとても大切な人だよ。これからもずっとね。」
俺は京悟くんに短い言葉を残して、神崎家を後にした。
「ただいま。」
愛花を見舞った後、あらためてスーパーで買い物をしてから帰宅した。
清澄姉妹には神崎家にお邪魔する前にメッセージを入れていたので、遅くなっても心配させることはないのだが、念の為スーパーを出る時も連絡を入れておいた。
玄関を上がると、涼菜が出迎えてくれた。
彼女も愛花のことを心配してくれている。
「ゆうくん、おかえりなさい。愛花さんはどうだったの?」
「熱は下がってたから、今日中には回復すると思う。これ、片付けてくるよ。」
キッチンで冷蔵庫とパントリーに食材を収めてからリビングに入ると、彩菜と涼菜がソファーに座って待っていた。
二人の間に腰を下ろすと左右の肩に寄り添ってきたので、両手をやんわりと髪に滑らせながら愛花の様子を話して聞かせた。
「そうだったんだ、じゃあ、昨夜は辛かったんじゃないかな。」
「時々、目が覚めたけど、眠れなかった訳じゃないって言ってたよ。ちゃんと食事して、ゆっくり休めば直ぐに回復すると思う。何かあったら連絡するようには言ったけど…」
「愛花ちゃんのことだから、きっと何も言って来ないよね。」
「そう思って、京悟くんにも頼んで来たんだ。彼なら、ちゃんと見てくれるだろうから。」
「ゆうくん、京悟くんと仲良くなったの?」
「今日、話してて、お姉さん思いだと思ったんだよ。お姉さんに負けないくらいにな。」
「そっか、それなら安心だね。」
最も気になっていた愛花の病状が心配いらない程度になりつつあることを知って、姉妹は一安心したようだ。
愛花を元気づけるために見舞いのメッセージを入れてほしいと二人に頼んでから、今日、愛花や京悟くんと遣り取りした内容を知っておいてもらうため、更に詳細な話をした。
そして、俺の正直な気持ちと考えを聞いてもらった。
「話してくれてありがとう、ゆう。私は応援するよ。」
「ゆうくんだけじゃなくて、あたしたちにとっても大切な人だもんね。」
恋人二人は、俺の想いを受け止めてくれて、自分たちのものとして受け入れてくれた。
愛花から2度目の告白を受けた日の前日に、彩菜と涼菜から告げられた言葉を思い出す。
『ゆうの恋心って、きっとたくさんあるんだろうなって。だから、私たちに恋してくれて、愛し続けてくれるなら、誰かを好きなっても、恋しても良いんだよ?』
『あたし、ゆうくんが恋する人、愛花さんなら良いなって思ってるの。愛花さん、あたしたちのことよく知ってくれてるし、あたしたちが一緒に居ても良いって言ってくれると思う。今も、ゆうくんのこと、大好きだしね。』
恋人二人は、俺の心など、とっくに見透かしていたのかも知れない。
その翌日、二人揃って愛花の部屋を用意できないかと言い出したのも納得できてしまう。
やはりこの姉妹は、俺以上に俺のことを良く分かってくれていると、あらためて思った。
週が明けて月曜日の朝、彩菜と一緒に通学路を歩いていると、途中で愛花が待っていてくれた。
どうやら彼女はすっかり回復しているようだ。
「おはよう、愛花、もうすっかり良いみたいだね。」
「おはようございます、悠樹、彩菜さん。ご心配おかけしました。」
「おはよう、愛花ちゃん、元気になったみたいね。」
「はい、皆さんのおかげです。ありがとうございました。」
「皆さんじゃなくて、ゆうのおかげでしょ? ちゃんと看病してもらった?」
「はい、もちろんです、あんまり優しくしてくれるので、調子に乗って我儘言っちゃいました。でも、悠樹だけじゃなくて、彩菜さんからも、涼菜さんからも、お気持ちをいただきましたから、やっぱり皆さんのおかげです。」
「ふふ、それにしても、二人とも、もう自然に呼び捨てよね。一昨日からとは思えないよ。」
「ずっと、こうなりたいと思ってましたから。」
道端でそんな風に遣り取りしてから、三人連れ立って学園に向かって歩き出す。
あらためて愛花を見ると、顔色も良く、足取りもしっかりしている。
その様子に、元気になってくれて良かったと心から思った。
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