第113話 文化祭

 日曜日の9時55分、あと5分で稜麗学園高校文化祭の2日目が始まる時刻に、俺は学園の校門の内側に佇んでいた。


 校門の外側には学園生の招待客と思しき人が数人オープンを待っていて、内側では文化祭実行委員が虎ロープを持って時間前に入門しないように規制しているのだが、それらの人たちの視線は全てこちらを捉えていた。


 俺は校門の門柱と並ぶように立っていて、両手は校門の外側に伸びている。

その先で俺の手を取っているのは…


「ゆうくん、もうそろそろ?」

「あと5分だよ、もう少し待とうな。」

「はーい♪ もうすぐ、ゆうくんと一緒に学園を歩けると思うと、ワクワクするね♪」


涼菜は両手で持っている俺の手をブンブン振って、期待の大きさを表していた。




「「5、4、3、2、1…ゼロ!」」


 いよいよ開催時刻になって俺が両手をひょいと引くと、涼菜が胸に飛び込んできた。


「お待たせ、すず。」

「わーい♪ お待ちしてましたー♪」


 満面の笑みを浮かべた涼菜が俺の左腕を胸に抱いて指を恋人繋ぎに絡めてきたので、こちらも笑顔で彼女の頭をふわりと撫でる。

他の招待客と文化祭実行委員が呆けた顔で見守る中、俺たちは招待パスをかざしながら昇降口へ向かった。


 昇降口を抜けてから、まずは彩菜の教室を目指そうと二人で笑顔を交わしながらゆっくり廊下を歩いていくと、予想どおり学園生のほとんどがこちらを見ていた。


 今日の涼菜は少し袖の長いサックスブルーのセーターに膝下丈の白いレースのスカートを合わせて、足元はブラウンスエードのレースアップのショートブーツを履いている。

これにシルバーのチェーンブレスレットをつけてサーモンピンクの小さなポシェットを斜めがけした深まった秋にぴったりのコーデは、彼女自身のキュートな魅力と絶妙にマッチしていて、皆の目を惹きつけるには十分だった。

 更に、そんな涼菜が学園で有名人になりつつある俺にピッタリと寄り添って、蕩けるような笑顔で歩いているのだから、注目されない筈がない。


 けれど、俺たちはそんな周囲の目を気に留めることもなく、まるで誰もいない通路を二人だけで歩くように歩みを進め、程なく2年1組に辿り着いた。


 彩菜のクラスの出し物、男装執事&女装メイド喫茶は、1日目から随分と人気を集めていたようで、クラス別来場者数(実行委調べ)の1位に輝いていた。

例の宣伝ポスターと彩菜扮する美形執事の相乗効果が大きかったようだ。

 ただ、ポスターの女装メイドが居ないことに落胆する客も多かったようで、桜庭さんから急遽ゲスト出演を依頼されてしまった。

もちろんお断りしたけれど、そのおかげでクラスメイトにあのメイドが俺だとバレてしまったのは痛恨の極みと言えよう。


 執事&メイド喫茶の入り口に近づくと、案内役の男装執事が俺に気づいて笑顔で迎えてくれようとしたのだが、隣に寄り添っている涼菜を見て目を丸くした。


「あ、いらっしゃいませ、王子さま…って、うわぁ、可愛い〜♡、ね、ね、その子が例の?」

「あやの妹ですよ、入って良いですか?」

「あ、ちょっと待って、清澄さーん、王子さまと妹さんだよー」


「ゆうくんって、王子さまなの?」

「あやのクラスでは、そう呼ばれてるんだよ。」

「姫君と王子さまかぁ、二人にピッタリだね♪」


 店内に入ると、早速彩菜が出迎えてくれたのだが、一瞬見違えてしまった。

元々色白で堀が深めなところに更に陰影がつくようにメイクを施した顔は、エキゾチックかつ中性的な美しさがあり、長い黒髪とのコントラストも相俟って、見るものを魅了している。

更に、タキシードをピシッと着こなし、まるで上から糸で釣ったようにスッと背筋が伸びた立ち姿は、他者には真似のできない気品に満ちていた。

このような執事が接客してくれるのなら、なるほど一度は来店してみたいと思うだろう。


「ゆう、すず、いらっしゃいませ、どうぞこちらへ。」

「あや、凄いな、どこの国の美形かと思ったよ。」

「あやねえ、カッコ良いー! 写真の時よりずっと良いね♪」

「ふふ、ありがとう、さ、座って。」


 開店直後だけあって先客はおらず、俺たちは窓際の席へ案内された。

普通ならここでメニューを見て注文するところだが、彩菜はオーダー取りをせずに奥に引っ込んでしまった。

他の執事やメイドが訝しんでいるけれど、俺と涼菜が慌てることなく会話を交わしながら待っていると、やがて彩菜がトレイを片手に戻ってきた。


「お待たせいたしました、ブラックコーヒーとカフェオレでございます、カフェオレはミルクを多めにしてございます、こちらはセットのクッキーです、プレーンとチョコチップ入りをお付けいたしました。…って感じなんだけど、どお?」

「あやねえ、すごーい! ホントにお店の人みたーい!」

「将来、俺たちでカフェを開いて、あやにホールを任せようか。」

「えー、やめてよ、私、これ二度とやらないからね。」


 彩菜が持ってきてくれたものは、日頃俺たちが好んで楽しんでいるメニューだった。

元々二人の好みを知っている彩菜はオーダーなど取る必要はなく、単にいつものとおりに用意するだけだった。

 もっとも、家事が苦手な彩菜は自分で作ることはしないので、キッチンにオーダーを通しただけなのだけれど、俺たちにとっては彼女が給仕することさえ滅多にないことなので、稀有な体験を十分に楽しむことができた。


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