第112話 メイクモデル

 文化祭の3日前、俺は2年1組の教室に居る。

衆人環視の中、メイクケープを着けて教室のど真ん中に座らされていた。


 最近、帰宅時は彩菜を教室に迎えに行き、一緒に帰っている。

以前のように図書室で合流して授業で出た課題を片付けてから帰っていれば必要ないことだが、今は課題対応を家に帰ってからやっているので、俺が迎えに行くようにしていた。


 今日もいつものようにSHRが終わって直ぐに彩菜の教室に顔を出して彼女に声をかけたところ、先輩女子数人に教室内に引っ張り込まれて今に至っている。

俺の目の前にはスマホやメモ帳を手にした女子数人が陣取っていた。


「はーい、それじゃあ、実演始めるよー、メイク担当はしっかり覚えてねー」


 桜庭さんの司会で始まったのは、今週末の文化祭で2年1組が開店する男装執事&女装メイド喫茶の女装メイク実演会だった。

 俺が協力して作成した宣伝ポスターの評判が良く、実際の女装の際もポスターと同じメイクをすることにしたようなのだが、ポスター素材撮影時に俺にメイクを施した彩菜が俺以外の男にメイクしたくないとごねたため、ここに座る羽目になった訳だ。

 彩菜自身は、そもそも実演さえするつもりはなかったのだが、俺が確保されてしまったため、渋々付き合うことにしたようだ。


「本日、実演していただくのは『学園の姫君』こと、清澄彩菜さん、モデルは『姫君の王子さま』、1年1組の御善悠樹くんです。それでは清澄さん、よろしくお願いします。」

「ちょっと! 恥ずかしいから、変な紹介しないでよ。大体、私たちのことはみんな知ってるじゃない。」


「もちろん知ってるよー」「早くイチャイチャ見せてー」「あの子悠樹くんって言うんだ」「 」「 」・・・


 桜庭さんの軽妙な司会進行に彩菜がツッコミを入れると、クラスメイトからやいのやいのと声が飛んでくる。

この人たちは最早実演会よりも、俺たちを揶揄うために集まったのではないだろうか。


「あや、そろそろ始めてくれ、早く終わらせよう。」

「は〜い、分かりましたぁ。」


「姫君が大人しく従った!」「王子さま凄い!」「あんな姫君見たことない。」「 」「 」・・・


 俺たちの遣り取りにギャラリーが騒めき出す。

このコメントを耳にすれば、彩菜が普段この教室でどのように振舞っているのか分かるだろう。

にも関わらず爪弾きにされないのは、弄り甲斐があって楽しいのも理由の一つに違いない。

俺がセットにされることも多いのだが、最近はもうなすがままにされている。


 実演が始まると、ざわつきはあるものの、特に当日メイクを担当する女子は彩菜の声に真剣に耳を傾け、彼女の手元と俺の顔を覗き込んでいる。

スマホで動画を撮っている人もいる。

多分、おさらいなどの参考にするのだとは思うが、念の為、拡散しないよう後で釘を刺しておこう。


 メイクは既に仕上げにかかっていた。

完成に近づくにつれて周囲の騒めきが小さくなり、皆が見入っているのが分かる。


「はい、おしまい。前回と同じに出来たと思うよ。」


「「「「お〜っ」」」」

 パチ、パチ、パチ、パチ

 パシャ、パシャ、パシャ


 彩菜の完成宣言に合わせて、皆が様々なリアクションを取っている。

メイク担当が仕上がりを確認するためか、俺の頬にペタペタ触るたびに、彩菜が『お触り禁止!』と叫んでいた。

この苦行は果たしていつまで続くのだろうか、出来れば早く帰りたいのだが…。




 結局、メイク落としなども含めて1時間ほどで解放されて、ようやく帰宅の途についている。

同じ程度の時間を費やす授業よりも何倍も疲れてしまったが、これで彩菜の顔が立つなら良しとすべきだろう。


「ごめんね、ゆう、付き合わせちゃって。」

「平気だよ、寧ろお前が他の男に顔を近づけることにならなくて、良かったよ。」

「それは、絶対に断るけどね。」


 多分、彩菜が去年のような『孤高の姫君』であれば、実演の依頼はおろか、そもそも誰も声をかけることはなかったと思う。

彩菜が俺のいなかった1年間どのような心境で教室で過ごしていたのかを考えると胸が痛むけれど、今はすっかりクラスに馴染んでいるようなので安心している。


 1年半後には彩菜は大学生になっている。

俺が同じ学舎に居ない1年間が去年と同じことにならないように、手立てを考えておかねばならないかも知れない。

ただそれも、彼女次第となってしまうし、実際何が出来るのか分からないのだが。


「あや、大学は本当にあそこで良いのか?」

「うん、あそこだったら、うちから通えるし、私でも入れるでしょ?」

「お前なら、もっと上でも行けるけどな、まあ、近いに越したことはないか。」

「ゆうと離れるのは嫌だし、すずの側にも居たいから。」

「そうだな、じゃあ、俺もあそこで決まりだ。」

「ゆうこそ、T大だって余裕で入れるのにね、学園が残念がりそう。」

「あそこだって良い大学だぞ、理系の就職率も高いし。それに、俺だって、恋人と離れたくないしな。」

「ふふ、ありがと、そう言ってもらえると嬉しいな。」


 結局、彩菜のために俺が出来ることと言ったら、出来るだけ一緒にいる時間を作ることと大学生活のサポートくらいだ。

その前には受験対策も待っている。

来年は涼菜が学園に入学して来るし、どうやら忙しい1年になりそうだ。


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