第111話 女装メイド

 稜麗学園高校文化祭を週末に控えた月曜日、学園の昇降口前の廊下は一面各学年各クラスの出し物を宣伝する掲示板と化していた。

各クラスに割り当てられたのはA0版ポスター1枚分のスペース、このスペースに収まりさえすれば、ポスターでも立体でも好きなように宣伝や飾り付けができる。

各クラス前の廊下の壁にも掲示することが出来るのだが、どのクラスも宣伝効果が大きいこの場所を真っ先に埋めているようだ。


 今は8時、宣伝活動は今日から解禁されているのだが、この時刻に、既に幾つかのクラスが何かしらの掲示を行っていた。


「登校時間が7時45分からなのに、もう貼ってあるって凄いな。」

「ホントにね、みんな熱心だよねぇ。」


 『熱心なみんな』の範疇に入らない俺と彩菜が、掲示物を横目で見ながら通り過ぎようとしたところで、知り合いに呼び止められた。


「悠樹くん、清澄先輩、おはようございます。」

「おはよう、由香里さん、まりちゃん。」

「おはよう、二人とも、こんなところで何してるの?」

「おっはようっす、コレっすよ、コレ。」


 まりちゃんが指差したのは、とあるクラスの宣伝ポスターだった。

そこには見覚えのある一組の男装執事と女装メイドがクールに佇んでいた。


「清澄先輩って、男装しても綺麗ですよねぇ、凄いなぁ。」

「あはは、やっぱり、私だって分かっちゃうよねぇ。」


 元々人前に晒されるのを嫌がっていた彩菜としては、出来るだけ彼女だと分からないようにメイクで誤魔化したかったようだが、この美貌の持ち主が他にいる筈もなく、学園の生徒ならこれが誰か一目で分かるだろう。


「執事も綺麗だけどさー、このメイドも綺麗だよねー」

「この人が男子なんて信じられない、よっぽど美男子なんだろうなぁ。」


 まりちゃんがネタふりすると、由香里さんは目を輝かせて女装メイドに見入っている。

事情を知っているまりちゃんと彩菜が声を押し殺して笑い出したのだが、俺は苦笑いするしかない。

どうせ遅かれ早かれ誰なのか分かるだろうから、とっととネタばらしすることにした。


「由香里さん。」

「うん、なに?」

「これ。」

「うん。」

「俺。」

「…へ?」


「「あははは!」」


 由香里さんのリアクションに、まりちゃんと彩菜は誰憚ることなく大笑いした。




「え、神崎さんは、悠樹くんだって分かったの?」

「はい、悠樹くんって顔立ち良いですし、化粧映えするだろうなって思ってましたから。」

「流石だわー、こう言うところが『側室1号』と『2号』の差なんだろうねー」


 教室に入って談笑していると、愛花さんが登校して来た。

早速まりちゃんがポスターの話題を振ると、愛花さんは一目見て女装メイドが俺だと分かったそうだ。

アレを一発で見抜く人がいるとは驚きだ。


「まさかアレが見抜かれるとはね、よく分かったね。」

「他ならぬ君のことですからね、分かりますよ。」

「それは、お見それしました。」


お手上げですと言うように両手を軽く上げると、愛花さんはくすくす笑う。

彼女の笑顔を見て、胸に痛みを感じた。


 昨日、愛花さんから俺への想いをあらためて伝えられた時、彼女に惹かれている自分がいることに気づいた。

けれど、何も言えずにそのまま彼女を送って行った。

 目の前で皆と談笑している愛花さんは、いつもと何も変わらないように見える。

しかし、はたして、その胸中は如何なるものなのだろうか。


 そう思っても、俺は自分の気持ちを持て余してしまい、結果何も出来ずにいる。

彼女と同じように何事もなかったかのように振る舞うことしか出来ない自分に、歯痒さを感じた。




「わあ、たくさんあるんですね、でもこれだけあると、全部ほしいって訳にはいきませんね。」


 昼休みに図書室の司書コーナーで、彩菜がスマホに収めている俺のメイド画像を愛花さんに見せると、彼女は画像をほしがった。

けれど、トータルのデータサイズが大きくてメッセージアプリやメールで送ると複数回に分けることになるので、愛花さんは彩菜に手間をかけさせることに躊躇していた。


「愛花さん、クラウドにアップするから、そこから持って行ってよ。アプリとIDは置いてからメッセージするよ。」

「でも、他のデータもあるんじゃないですか? それだと…」

「無料だからって登録したんだけど、結局ほとんど使ってないんだ、データがあっても見られて困るものはないから、大丈夫。」

「分かりました、ありがとうございます。ふふ、楽しみです。」


 愛花さんが微笑むと、彩菜も笑みを浮かべた。

俺も笑顔を見せたつもりだったが、はたして上手く出来ていたのか分からなかった。




 晩御飯の後片付けを終えてから、ソファーで俺の腿を枕にして寛いでいる彩菜のスマホを借りてファイルをアップした。

ちなみに涼菜は左肩にピッタリくっ付いて、作業の様子を見ている。

 ファイル数にしては容量が大きいのでよく見ると、動画データが幾つか混ざっていた。

これではトータルサイズが大きくなるのも頷ける。


「あや、いつの間にこんなに撮ったんだ? 動画まであるし。」

「私のだけじゃなくて、みんなが撮ったのももらったんだよ。動画もそう。」

「動画あるの? 後で見せてー」


なるほど、道理で数が多いし、同じカットなのに角度が違う画像がある訳だ。


 動画を含めて全てのファイルをアップしたので、使っているアプリと共有用のIDとパスワードを愛花さんにメッセージで知らせた。

直ぐに彼女からお礼の返信があり、気に入った画像を壁紙にして良いか問われた。

恥ずかしいので出来れば止めてほしいとだけ返した。


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