幕間

- 幕間 - ゆーちゃん

「うーわ、誰だこれー」


 とある土曜日、アタシ・鷹宮麻里亜は古いアルバムを膝に抱えてページを捲っていた。


 このアルバムは、以前からアタシの手元にあったものじゃない。

母親が探し物をして押入れを漁っている時に、失くしたと思っていたこれが偶然出てきたらしい。

初めは本棚に置こうと思っていたようだが、空きスペースがなかったので、アタシのところに回ってきたと言う訳だ。


 結構分厚いアルバムだった。

アタシが生まれてからの記録にしようと両親がマメに写真を撮っていたようで、赤ん坊の時のものだけで何ページもある。

ただ、それも最初のうちだけで、歳を重ねるにつれて徐々に少なくなっている。

人のモチベーションなんて、そんなに長くは続かないもんだ。


 順にページを捲って行くと、見たこともない赤ん坊やおチビさんの写真ばかりが出てくる。

もちろんこれがアタシだってことは分かっているんだけど、アタシ自身に覚えがないので、何ともピンと来ない。

何か思うことがあっても、『アタシにもこんな頃があったんだなー』という感慨くらいだ。


 暫くすると、何となく見覚えがあるシーンに出くわした。

子供用の遊具のある庭のような場所で、小さな子供が砂遊びをしている。

着ている服はピンクのスモック、きっとこれは幼稚園に行っていた頃の写真だ。


「でも、あんまり覚えてないなー」


 アタシは小学校に上がるタイミングでこの家に引っ越してきたから、幼稚園には前に住んでいた家から通っていたことになる。

けれど、それがどこなのか覚えていないし、気にしたこともなかった。

これは一体どこなんだろう。


「お母さんさあ、この写真の幼稚園ってどこ?」


 母親から返ってきた答えに驚いた。

写真に写っていたのは前武幼稚園、アタシは御善くんが住んでいる前武町に住んでいたんだ。


 母親と一緒に当時の写真を見ていくと、色々な情報が入ってくる。

この頃のアタシは引っ込み思案で、友達もほとんどいなくて一人遊びばかりしている、所謂ボッチだったようだ。

確かに、幼稚園の写真は一人で写っているものばかりだ。

今のアタシでは考えられない。


 ただ、一人だけ、仲が良かった子がいたらしい、その子と写っている写真があった。

サラサラ髪を後ろで束ねた女の子、かと思ったら青いスモック、男の子だ。

アタシはこの子を『ゆーちゃん』と呼んでいたようだ。

…ん?、まてよ、ゆーちゃん? 何となく覚えがある…、うん、確かにそうだ、思い出した。

これは、ゆーちゃんだ。




 アタシは、稜麗学園の最寄駅に来ていた。

アルバムの写真に写っていた前武幼稚園に行くためだ。

ゆーちゃんのことを思い出したら、無性に行ってみたくなったんだ。

 スマホの地図アプリで場所を調べたら、ここから多少距離はあるけど、十分徒歩圏内だ。

取り敢えず、散歩がてらに足を運んでみよう。


「流石に学園の生徒はいないねー」


 土曜日なので制服の生徒がいないのは当たり前なんだけど、休日の学園付近の様子を知らないので、とても新鮮に映る。

前武町に住んでいる御善くんや清澄姉妹、神崎ちゃんにとっては、多分日常の光景なんだろう。


 ゆーちゃんは優しい子だった。

アタシだけじゃなくて、一人で遊んでいる子を見かけると、声をかけて一緒に遊んでくれるような子だった。

無理にみんなの輪の中に入れようとせず、絵本を読んでいたりとか、積み木遊びをしていたりとか、アタシがどんなことをしていても、それに合わせてくれた。

ゆーちゃんといると、とても楽しかった。

アタシはいつのまにか、ゆーちゃんに会いに幼稚園に行くようになっていた。


 一つ思い出したことがある。

クリスマスだったかバザーだったか詳しいことは忘れちゃったけど、園児が全員おしゃれな私服で過ごしたことがあって、その時にゆーちゃんが見当たらなかったんだ。

アタシはその時も一人でポツンとしていたんだけど、不意に一人の女の子が手を握って来て戸惑った。

アタシはその子を知らなかったし、ゆーちゃん以外と遊ぶ気もなかったから手を振り払ったら、その子が『まりちゃん、どうしたの?』と言ったんだ。


 アタシはびっくりした。

だってその子は、ゆーちゃんだったんだ。

ゆーちゃんは仲良しの女の子二人とお揃いの真っ白なフリフリのドレスを着ていて、いつもは束ねている髪を下ろしていたので、どう見ても女の子にしか見えなかった。

それは他の誰よりも可愛くて、まるで絵本に出てくる天使のようだと思ってしまうほどだった。


 アタシはゆーちゃんに連れられて、他の女の子二人と一緒に四人で遊んだ筈なんだけど、正直よく覚えていない。

きっとあまりのことにポーッとしてしまい、それどころじゃなかったんだろう。

ただそれでも、手を引いてくれたゆーちゃんの手の温かさとあの笑顔だけは、今、はっきりと思い出した。


 アタシは胸がじんわりと温かくなるのを感じた、そして確信した。


「あれがアタシの初恋だったんだなぁ。」


 その後、アタシは引っ越してしまい、この町を訪れることはなかった。

ゆーちゃんとも会っていない。

引っ越してすぐの頃はゆーちゃんに会いたくて泣いていたような気がするけど、時間が経って他に友達が出来れば忘れてしまった。

幼い頃の恋なんてそんなもんだろう。

はたして彼は、今、どこで、何をしているんだろう。


 地図アプリの指示どおりに歩いてきて、まもなく目的地の幼稚園に辿り着いた。

門扉には『前武幼稚園』と書かれているので、ここで間違いない。

柵越しに見える園庭は当時のアタシにとってはとても広かったのに、今は随分小さく感じられる。

まあ、あれから11年も経てば、そういうものなんだろう。


 ふと、また一つ思い出した。

ゆーちゃんは仲良しの女の子二人に、みんなとは別の呼ばれ方をされていた。

あれは確か…


「あれ? 鷹宮さん?」


 幼稚園の前で不意に声をかけられて一瞬ビクッとしてそちらを見ると、御善くんが立っていた。

手にエコバッグを持っているので、買い物帰りのようだ。

この町内に住んでいるのは知っていたけど、まさか会うとは思わなかった。


「うーす、御善くん、買い物?」

「うん、そうだけど、鷹宮さんこそ何してるの?」

「散歩。」

「こんなところで?」


 不思議そうにしている御善くんと話をしているうちに、ふと、さっき思い出そうとしていたことが頭に浮かんだ。

ゆーちゃんは、あの子たちに『ゆう』『ゆうくん』と呼ばれていた。




って、あれ、それって…、

え? ええっ? ええーーーっ?!



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