第94話 リラックスタイム

 中間試験初日、俺は彩菜の試験が終わるのを教室で待っていた。

今日の2年生の試験科目は、俺たち1年生よりも一つ多いのだ。

 教室にはもう誰も残っておらず、俺は一人で3年生の教科書を黙読している。

ふと気がつくと、まもなく3時間目の終わり、2年生の試験終了時刻になるところだった。


 2年1組にほど近い廊下で待っていると、彩菜が教室を出てこちらへ歩いてくる。

彼女は俺に気づいてパァッと笑顔になり、足早に近づいてきた。

俺の目の前でピタリと止まると、小首を傾げて…


「お待たせ、待った?」

「いや、俺も今来たところだよ。」


 俺たちはまるで待ち合わせのカップルのような遣り取りをしてから、顔を見合わせてぷっと吹き出した。

特に打ち合わせた訳ではないが、彩菜のセリフに乗ってみたら正解だったようだ。


 彩菜から今日の試験の出来を聞きながら帰り道を歩いているうちに、程なく我が家に帰り着いた。


 玄関を開錠してドアを開けると、リビングから涼菜が飛び出してきて、靴を脱ごうとしている俺の胸に飛び込んだ。


「ゆうくん、あやねえ、お帰りなさーい♪」

「「ただいま、すず。」」


 俺と彩菜が頭を撫でると、猫目をふにゃりとさせて喜んでいる。


「よしよし、すずは可愛いな。」

「こんなに可愛い妹がいて良かった。」

「えへへー、ダブルなでなで〜♪」


涼菜を抱きつかせたまま玄関に上がり、階段に差しかかると…


「ゆうくん、解放! 二人とも早く着替えてきてねー」


涼菜は跳ねるようにリビングに戻って行った。


「随分とご機嫌だな。」

「何か良いことがあったんじゃない?」


 自室で部屋着に着替えてリビングに入ると、ワクワクして目を輝かせている涼菜がソファーに正座していた。

どうやら本当に良いことがあって、俺と彩菜に発表したいようだ。


「すず、どんな良いことがあったんだ?」

「あやねえが降りてきたらね、あ、あやねえ。」

「どうしたのすず、ソファーに正座なんかして。」


 彩菜と共にL字ソファーの別面に座ると、涼菜が発表を始めた。


「お二人にご報告です。さっき試験1日目の2科目を自己採点したら、両方とも95点でした!」

「お、やったな、すず、凄いじゃないか。」

「ホント凄い、頑張ったものね。」

「えへへ、ありがとう。」

「よし、すず、もう少し良く見せてくれ。」


 涼菜から問題用紙を受け取り目を通すと、綺麗に解答出来ている。

生徒のレベル差が出やすいように散りばめられた、難易度の高い問題にもしっかりと対応していた。

ただ、自己採点の正否判定が3ヶ所違っている。


「すず、3ヶ所違ってるぞ。」

「ええっ、点数下がるの?!」

「逆だよ、お前が不正解だと思った答えに、正解があったんだよ。」

「え、ホント?」


 問題用紙に正しい正否を示すと、涼菜は目を丸くした。


「え、てことは?」

「地理が97点、数学は、満点だ!」

「わー、ゆうくん、ありがとう!」

「頑張ったな、おめでとう、すず。」


 勢いよく抱きついてきた涼菜を両腕を広げて胸に受け入れて、包み込むように抱きしめた。


 暫くすると、涼菜が震えていることに気づいた。

どうしたのかと顔を覗いてみると泣いているようだ。

傍らに居る彩菜も気づいたのだろう、涼菜に優しく問いかけた。


「すず、どうしたの? 何かあったの?」


涼菜は俺の胸の中で首を横に振り、涙声で答えた。


「嬉しいの、ちゃんと出来て良かったって、ホッとしたの…」

「そうなんだ、良かったね、すず。」


彩菜は目を細め優しげな笑みを浮かべながら、涼菜の頭にそっと手を添える。


「あやねえ、ありがとう…」


涼菜は涙声のまま、静かに呟いた。




 昼御飯と後片付けを済ませてから、三人寄り添ってゆったりと過ごしている。

これから晩御飯の準備時間までは、リラックスタイムにするつもりだ。

今のようにただまったりとしていたり、時々戯れてみたり、他愛もない会話を楽しんだりと、その時の気分に応じて気ままに過ごす。


 試験期間中だからと言って、寸暇を惜しんで机に向かう必要はない。

試験対策は先週までで済ませてある。

寧ろ、こうして心身ともにリラックスしておけば、試験本番で頭がクリアになり、実力が発揮できると言うものだ。


 小一時間ほどすると、涼菜が戯れついてきた。

まるで子猫のように愛らしい表情で、俺の体のあちらこちらに頬ずりをしたり頭を擦りつけたりしている。

こんな風に可愛らしく甘えられると、本物の猫のように撫で回したくなるところだが、やってしまうとお互いスイッチが入りかねないので、頭を撫でるだけで我慢することにした。


 折角のリラックスタイムが思いがけず忍耐を試される時間になってしまったけれど、涼菜の幸せそうな顔が見られるのなら、それでも良いかと思えてくる。

彼女は暫く戯れついていたが、やがて満足したのか、俺の腿を枕にしてうたた寝を始めてしまった。


「すずは可愛いな。」

「ふふ、ゆうのおかげかな。」

「俺の?」

「すずがこんなに可愛い顔を見せてくれるのは、ゆうといる時だけだもの。だから、ゆうのおかげ。」

「そうか、そうだと嬉しいな。」


 俺が涼菜を癒せているのなら、それほど嬉しいことはない。

俺は涼菜の、そして彩菜の『生涯を共にする人』でありたいと思っている。

彼女たちを笑顔に出来るのなら、どんなことでもするつもりだ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る