第95話 試着室

 2学期の中間試験最終日、全ての科目を終えて教室の空気が弛緩しきっている中、SHRが行われている。

いつもであれば、この後は彩菜と共に帰宅するだけなのだが、今日は予定があるので彼女の待つ2年1組に行かなければならない。


 SHRが終わり席を立ったところで、愛花さんから声がかかった。


「悠樹くん、試験お疲れ様でした。私たちこれから打ち上げに行きますけど、悠樹くんもどうですか? もちろん彩菜さんもご一緒に。」

「ごめん、愛花さん。この後、あやと用事があって、もう行かなきゃいけないんだ。また今度ね。」

「そうですか、残念ですけど、またですね。お二人でどちらに行くんですか?」

「ちょっとタキシードを見にね。ごめん、そろそろ行くね。」


「タキシード…って、悠樹くん! ついにご結婚ですか?!」

「てことは、姫君と妹君いもうとぎみはウェディングドレスかー」

「わたしたち、友人代表で良いんだよね。」


 教室を出ようとしたところで、いつのもメンバーの姦しい声が聞こえてきたが、あまり時間がないのでスルーして彩菜の教室に向かった。


 2年1組に着いて教室内を覗くと、彩菜は自席で女子生徒数人に囲まれていた。

上級生の教室なので中には入らず出入り口から声をかけると、彼女は直ぐに気づいてくれた。


「失礼します、あや。」

「あ、ゆう、今行くね。」

「王子さまご到着、わたしたちも行こうか。」


 彩菜と桜庭さんを含めた総勢七人の先輩女子と連れ立って駅に向かう。

先輩女子は皆、高2としては比較的背が高く、良く見ると球技大会のバスケチームのメンバーと重なっている。

きっと高身長の方がタキシードが似合う、ということで選ばれたのだろう。

俺は彩菜と手を繋いで最後尾を歩きながら、一人で納得していた。


 これから俺たちが向かうのは、隣街にある貸衣装屋だ。

彩菜のクラスメイトのバイト先が口を利いてくれたらしく、文化祭3週間前の今日サイズを決めれば、本番までに余裕を持って必要数を揃えられるそうだ。

 ちなみに、男子のメイド服は昨日サイズ合わせをしたらしい。

翌日に試験が残っていると言うのに、精神的ダメージを受けていなければ良いが。


 学園の最寄駅から3駅移動した駅前の商業ビルに貸衣装屋は入っていた。

ぞろぞろと店内に入り桜庭さんが受付で用件を告げると、壁の一面が鏡張りになった広い部屋に通された。

ここで全員が一度にサイズを合わせるようだ。

となると…


「桜庭さん、俺は外で待ちますね。」

「ごめんねー、すみません、一人外します。」

「承知しました、こちらに待合がございますので、どうぞ。」


 男の俺がその場にいる訳にはいかないので、スタッフに案内されて部屋を出ようとすると、彩菜が駄々をこねだした。


「えー、ゆう、行かないでよぉ、ゆうに見てもらいたいのにぃ。」

「着替えてから、ちょっと出てくれば良いだろ?」

「それじゃあイヤ、着替えも一緒に居て。」


「お客さま、宜しければこちらにカップル用のスペースをご用意出来ますが。」


俺と彩菜の遣り取りを口元に笑みを浮かべながら見ていたスタッフが、助け舟を出してくれた。


 そもそも俺たちが通された部屋は、4組までが一度に試着できるように、厚手のカーテンで4つに仕切ることが出来るらしい。

俺と彩菜は端っこの1区画を使わせてもらえることになった。


「あなたたちって、普段から一緒に試着室に入ってるの?」


 桜庭さんが呆れ半分に言葉を投げてきた。

他の先輩女子も興味津々に聞き耳を立てている。

仕切りを準備してくれているスタッフまでもが、こちらを気にしているようだ。


「普通のお店は試着室狭いから無理だよ、うちでならゆったりコーデ見てもらったり出来るけど。」

「そりゃそっか、家では毎日のように見てもらえるもんね。」


 どうやら桜庭さんは、俺たちが同居していることを知っているようだ。

多分、修学旅行の時に同室の人たちと一緒に、彩菜から聞き出したのだろう。

そうすると少なくとも、2年1組内には話が広まっているだろうと思ったのだが…


「わあ、王子さまって、そんなにしょっちゅう清澄さんちに行ってるんだね。」


どうやらそうでもなさそうだ。

確かにそれらしい噂話も聞こえてこなかったので、皆さん、積極的に広めようとは思っていないのかも知れない。


 ただ、桜庭さんは隠そうとしていないようだったし、本人もいつもの如くな訳で…


「違うよ、一緒に住んでるからいつでも見てもらえるの、朝、制服もおかしなところがあったら、直ぐ教えてくれるから助かってる。」

「え、それって、同棲してるってこと?」


 先輩たちの反応を見ると知らなかったのは三人のようで、顔を赤くしながら目を丸くしている。

少し離れたところでは間仕切りを終えたスタッフが、『最近の高校生はやるわね』と呟いていた。


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