第96話 執事とメイド

「妹も一緒だけどね、今、三人で暮らしてるの。」

「妹さん、清澄さんと似てなかったけど、もの凄く可愛かったね、早く本物見てみたいよ。」

「そうだよねー、彼女、うちらのところが志望校なんでしょ?」

「文化祭に来るんだよね、楽しみだなー」


 先日の修学旅行先にいた彩菜との通話は、2日目は顔を見たかったのでビデオ通話にしたのだが、こちらが涼菜に代わった途端、彩菜のスマホに同室女子が群がって会話がカオス状態になっていた。

通話終了後は、年上女子陣の迫力にビビっていた涼菜を宥めるのに時間を要してしまった。


「あの子、文化祭でゆうと回るのすっごく楽しみにしてるから、必ず来るよ。」

「あららー、王子さまは両手に花で、ウキウキだね。」

「俺と、じゃなくて、俺たち二人と、ですよ。それよりも試着しないと、お店が困っちゃいますよ、始めましょう。」


 店のこともあるが、会話に入れず置いてきぼりの三人が可哀想だ。

桜庭さんに近づき小声で…


「あちらの方々のフォローお願いします。」


と伝えると、彼女は苦笑いしながら頷いてくれた。


 彩菜に用意されたタキシードはサイズ違いで2着あった。

目の前で制服を脱いでいく彩菜から一つ一つ衣類を受け取り、傍らに畳んで置いていく。

側から見れば、姫君から恭しく衣類を授かる従者のような絵面だろう。


 やがて肌着姿になった彩菜は、先に小さなサイズを試すことにして、真っ白なシャツから順に衣類を身につけていく。

スラックスを履いたところで裾を見ると、ほんの少し丈が短めだった。

取り敢えずそのまま、後ろからジャケットを着せてあげると、やはり若干小さめだ。


「もう1サイズ大きくないとダメだな。」

「そうだね、そっちを着てみようか。」


 先に着たものを脱いで大きなサイズのものを試すと、上下とも丈はほぼ一致したのだが、サイズ違いが目立つところが2ヶ所あった。


「下は絞れるけど、上はな。」

「そうだね、ちょっとキツい。」


ウエストが余っているのはベルトで調節できるとして、問題は胸だ。

彩菜のスタイルは均衡が取れているので胸も大き過ぎる筈はないのだが、ジャケットの前を合わせると若干キツいのだ。


「元々男性用のお召し物ですので、シルエットがどうしても。前をお留めにならずにお召しいただくしか。」


 スタッフに聞くとそのような回答だったので、桜庭さんを呼んでもらい、彼女に見てもらうことにした。

別々の場所にいると、こういう時に面倒だ。


 桜庭さんがタキシード姿でこちらに来てくれたので彼女を見ると、ジャケットの前を留めていなかった。


「清澄さんみたいな細身の人でも胸があるとそうなるかぁ、スタイル良いもんねぇ。」


彩菜に用意された2着は、元々痩身の人向けのものだったようだ。

結局、彩菜だけでなく皆が似たような状況だったので、前を留めずに着ることになった。


 皆が試着を終えたので、後は制服に着替え直してお開きかと思っていたら、スタッフから声がかかった。


「すみません、こちらのお召し物はいかがいたしましょうか。」


彼女の手には何故かメイド服が1着、携えられていた。

これはもう、嫌な予感しかしない。


「はいはーい、それはこのお兄さんが着まーす。」


 桜庭さんが元気に右手を上げてスタッフからメイド服を受け取り、俺にグイと押し付けてきた。


「はい、直ぐに着替えてね、清澄さん、後はお願い。」

「うん、分かった、さ、ゆう。」

「え、いや、ちょっと。」


彩菜に引っ張られて個別スペースに戻ると、着替えの指示が飛んでくる。


「それじゃあ、着替えちゃおうね。」

「あや、一つ確認するけど、お前、知ってたんだよな。」

「ごめん、あかねと取引したの、協力したら文化祭で、シフト調整してもらうって。」


 彩菜は文化祭で涼菜と学園内を回るために融通を利かせてもらう条件として、宣伝用素材画像の撮影に協力することにしたようだ。

彼女は以前、執事としてフロアに出ることさえ、見せ物になりたくないと嫌がっていた。

涼菜のためとは言え奥歯を噛み締める思いだろう。

ならば、俺のすべきことは決まっている。


「分かったよ、俺も協力する。でもさ、先に言ってくれりゃ良かったのに。」

「それもごめん、桜庭さんが、その方が面白いって言うから。」


彩菜は愉快犯に乗せられていた。


 いずれにしても、あまり時間をかけたくないので、とっとと済ませるべく着替えることにした。

 用意されたのは黒い長袖のロングドレスと真っ白いエプロンを重ねたシックなメイド服だった。

よくも身長180cmの俺が着られるサイズがあったものだと思ったが…


「今回はお客さまのご要望にお応えすべく、コスプ…、こほん、専門店からお借りいたしました。」


とのことだった。

ユーザーの要望に確実に応えようとするプロ意識は称賛すべきだろう。


「あや、これ、どうやって付けるんだ?」

「付けてあげるから、屈んで? …はい、出来た、どう?」


 最後に、彩菜にウィッグとヘッドドレスを付けてもらい鏡を見ると、そこには大柄なメイドが一人佇んでいた。


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