幕間

- 幕間 - 恋の先には

 朝、目が覚めた。

枕元のスマホで時刻を確認すると、今は5時50分、私は6時にセットしていたアラームを解除した。


 私は目覚めが良くて、目覚ましをセットしても起こされたことがない。

それでも保険のつもりで用意はするけれど、毎朝セットした時刻の10分前には目が覚めて、アラームが鳴る前にオフにするのが日常になっている。


 日常と言えば、つい最近、私の日常生活に大きな変化があった。

それは…


「おはよう、愛花。もうすぐ朝食ができるから、顔を洗っておいで。」


リビングに入るとキッチンから彼が薄い笑みを浮かべて声をかけてくる。

いつも私に見せてくれる優しい微笑みだ。


「おはよう、悠樹。いつもありがとう。」


私も笑みを返してパウダースペースに向かった。


 この春、私と悠樹は同棲を始めた。

大学に合格して親元を離れるタイミングで、同じ大学に合格していた恋人と暮らすことにしたのだ。


 顔を洗って化粧水とクリームだけつけて、すっぴんのままダイニングテーブルに着く。

童顔の私でも、一応普段からメイクはしていたのだけれど、悠樹が…


「うちで二人きりの時は、愛花の可愛い素顔を見ていたいな。」


なんて言うものだから、同棲を始めてからは家を出るギリギリまでメイクをしなくなってしまった。


 私は昔からこの人の褒め言葉に弱い。

高校に入学してクラスメイトになってからこれまで、はたして何度赤面させられたことか。

あまり褒めるのは恥ずかしいのでやめてほしいと言っても…


「可愛い愛花に可愛いと言わないなんて俺には出来ないよ。寧ろもっと言いたいくらいなのに。」


などと言われて、さらに恥ずかしくなってしまう。

でも、本当は彼の口から可愛いと言われる度に、嬉しくて堪らないのだけれど…。


 朝食を摂って、そろそろ出かける準備をしようとしたところで、二人のスマホに同時にメッセージが入った。

悠樹が確認すると、二人で一緒に取っている朝イチの講義がなくなったという連絡だった。


「愛花、良い知らせだよ。今日は昼までずっと二人っきりでいられる。」


 悠樹がソファーに座ったまま、側にいる私をひょいと抱き上げて膝の上に座らせてくれる。

私たちはそっと口づけを交わしてから、互いを優しく抱きしめて温もりを溶け合わせた。



* * * * * 



「あ、今、動いたね。」

「ね? もうこんなに動くんだよ?」


 妊娠7ヶ月にもなると、お腹の外からでも胎動を感じられるようになる。

悠樹はわたしのお腹に両手を添えて、満面の笑みを浮かべていた。


 わたしと悠樹が結婚してから、まもなく2年が経とうとしていた。

わたしと悠樹では頭の出来があまりにも違いすぎて、残念ながら同じ大学には行けなかったけれど、彼はずっと私を好きでいてくれた。

 もちろんわたしも他の人には目もくれず、悠樹一筋だったのは言うまでもなく、わたしたちは卒業後直ぐに入籍して、一緒に暮らし始めたのだ。


 そしてもうすぐ、わたしたちには家族が増える。


「なあ、由香里、ホントは男の子か女の子か分かってるんだろ?」

「うん、実はそうなんだけどねぇ、生まれた時のお楽しみじゃダメ?」


 お医者さんにはお腹の子が男女どちらなのか教えてもらっている。

悠樹に直ぐに教えてあげたい気持ちもあるのだけれど、今はちょっとだけ意地悪してあげたい気分なのだ。


 思えば知り合ってからこれまで、この人には驚かされてばかりだった。

それを一つ一つ挙げて行ったらキリがないので割愛するけれど、一番驚いたことは、わたしを好きになってくれたことだ。

 幼馴染の美人姉妹を筆頭に、悠樹は常に女の子に囲まれていて、わたしのことを見てくれているとはとても思えなかったのに…。


 あのサプライズに比べたら些細なものかも知れないけれど、わたしだけが知っていて彼が知らないなんてことは滅多にないし、お返しするには絶好のチャンスなのだ。


 と、そう思っていたのだけれど…


「仕方ない、楽しみは取っておくことにするよ。でも、そうすると、男女両方の名前を考えなきゃいけないな。」

「あ、そうか、ごめんね? やっぱり教えた方が良いよね。」

「うーん…、いや、やっぱりいいよ。」

「え、なんで?」

「だって、二人分の名前を考えるってことはさ、それだけこの子のことをたくさん思い浮かべるってことだろ? そう思ったら、それも良いかなって。」


ああ、もう、本当にこの人は…。


 わたしは心の中でお腹の子に話しかける。


  ねえ、早く出ておいで

  こんなにもキミのことを想ってくれる人がいるよ

  きっとキミを幸せにしてくれる、そんな素敵な人だよ

  だから、ねえ、顔を見せてちょうだい

  わたしたち三人で仲良く暮らそうね


わたしは微笑みながら、頬に温かいものを伝わせていた。



* * * * * 



「あ、いたいた、神崎さーん。」

「おはようございます、南雲さん、鷹宮さん。」

「おっはよー、神崎ちゃん、今日もちっちゃいねー」

「もう、会っていきなりそれですか? そんな人は案内してあげませんよ?」

「へっへーん、アタシは場所知ってるもんねー」

「そ、知らないのはわたしだけ、なんかまた落ち込んじゃうよぉ。折角、昨夜良い夢見たっぽくて気分良かったのにぃ。」

「へー、どんな夢だったん?」

「それが覚えてないんだよねぇ、ただ幸せな気分だけが残ってるの。」

「実は私もそうなんです、昨夜素敵な夢を見たのは間違いないと思うんですけど、どんな夢か思い出せなくて。」

「まあさ、夢なんてそんなもんじゃない? 良い夢ってだけで良かったじゃん。」

「それもそうだねぇ、あ、そろそろ行ったほうが良くない?」

「そうですね、少し時間に余裕がありますけど、もう行っちゃいましょう。」

「それじゃあ、あの三人のイチャイチャ邪魔しに行こっかー」


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