第52話 初めての夜

 風呂から上がると、俺はボクサーパンツ1枚だけのまま、パウダースペースでドライヤーを使って髪を乾かし始めた。

いつもなら、バスタオルでざっと髪の水気を落とす程度なのだが、きちんと乾かさないと頭皮が雑菌で傷むと彩菜に言われたので、仰せに従っている訳だ。


 髪が乾いたのでドライヤーを片付けて、キッチンで麦茶を3杯用意する。

トレーに麦茶を乗せてリビングに行くと、清澄姉妹は丁度ボディーケアを終えたところのようで、ナイトブラとショーツを身につけてソファーで寛いでいた。


 今、俺たち三人が下着姿のままなのは、彩菜のちょっとした思いつきからだった。

先ほどの入浴中に、今日から新しい生活が始まったのだから、何か新しいことをして過ごしたいと三人で話していた時に、先日、ショッピングモールであかねさんと話したことを彼女が思い出したのだ。


 三人一緒に下着だけというのは寝る時以外にしたことがなかったので、はたしてどんな感じなのかと思っていたが、やってみると意外と違和感がなかった。

それどころか、こんなに楽だとは思っていなかったので、なぜ今までやらなかったのか不思議なくらいだった。

流石に冬場は寒くてやらないと思うが、少なくとも夏の間は、湯上がりはこのスタイルで過ごすことになると思う。


 ちなみに、何も着けないという案は誰からも出なかった。

多分三人とも、フリーに揺れる部位があると、かえって落ち着かないと思ったのだろう。

俺の理由はそれだった。


 ローテーブルにトレーを置いて、清澄姉妹に声を掛ける。


「二人とも、麦茶飲まないか?」

「ありがとう、ゆう。丁度ほしいと思ってたんだよ。」

「ゆうくん、ごめんね? あたしが用意しとけば良かったね。」

「肌ケアを先にしてくれれば良いよ。これくらい、いつでもやるから。」


 俺が隣に座って人差し指の甲で滑らかな頬を撫でると、涼菜は嬉しそうに相好を崩して体を小さくよじってから、俺の首に両手を回して抱きついて来た。


「ありがとう、ゆうくん。ゆうくんのおかげで、ほら、こんなにスベスベだよ♪」


 涼菜の体を支えるように抱きしめ、背中に掌を滑らせて肌の感触を確かめるようにまさぐると、彼女はくすぐったそうに身じろぎしながらくすくすと小さく笑う。

首筋に唇を触れると、涼菜の湿った髪が頬を撫でた。


「髪が湿ったままだな、乾かしておいで。」

「はーい♪」

 

 涼菜はサッと体を離して、パウダースペースにかけて行った。

入れ替わりに彩菜が隣に移って来て、涼菜と同じように抱きついて来た。

それに応えるように、両手で彩菜の体を抱きしめる。

彼女の肌も涼菜に負けず劣らずきめ細かく滑らかで、極上の触り心地だ。


「ふふ、この時間にこうして居られるなんてね。」

「ああ、この後もずっと俺たちの時間だよ。」


 彩菜の豊かな髪は湿り気を帯びたまま頭に纏められていた。

早めに乾かさないと髪のために良くないだろうし、風邪をひいてしまうかも知れない。


「あや、ドライヤー持ってきてるんだろ? 髪、乾かさないと痛むんじゃないか?」

「もうすぐ、すずが終わるだろうから、今日はそれを使うよ。私のは明日出してくるね。」

「ん、了解。パウダースペースの今使ってるドライヤーの隣を空けといたから、そこに置いといてくれ。」

「はーい、ふふふ…」

「どうした?」

「ううん、私たちここで、この格好で抱き合ったことってなかったなって思ったの。なんか新鮮な感じ。」

「俺はこういう風にするの好きだよ。あやも、すずも、肌が綺麗で触り心地が良いからな。出来ればずっと離したくない。」

「うん、ずっと離さないでいて? 私もその方が嬉しいもの。」


 目の前で笑みを浮かべる彩菜がとても綺麗で、愛おしくて、彼女の唇に触れるだけの口づけを落とした。

彩菜は俺の目をじっと見つめて、お返しの口づけをくれる。

そして、はにかむように瞼を伏せて、俺の首に回している手を胴の方に移してから、俺の胸に顔をうずめて…


「私、今凄く幸せだよ…」


…そう呟いた。




 まもなく日付が変わる時刻、俺たちの同居初日は終わりを迎えようとしている。

俺と清澄姉妹は、今晩、俺のベッドで一緒に寝ることにした。

 折角三人で暮らし始めたのだから最初は皆で一緒に寝たいと涼菜が主張して、俺と彩菜が賛同した形だが、実は俺も彩菜も同じことを考えていたので、誰が提案しても三人で寝ることに変わりはなかった。

結局、俺たちにとってはごく当たり前の発想でしかなかったということだ。


 今、日付が変わった。

昨日、俺たち三人の新しい生活が始まり、こうして2日目を迎えた。

明日には3日目、さらに翌日は4日目と、ただ淡々と時間は流れて行くだろう。

けれど、俺たちにとってはその1日1日がかけがえのない時間ときの積み重ねになる。

日にちを重ねれば重ねるほど、俺たちは様々なことを共有し、絆を深めて行ける筈だ。


「ゆうくん、眠れないの?」

「ああ、ちょっと考え事してた。」

「そっか、あたしもね、考え事してたの。」

「ふふ、私たちみんな眠れないみたいね。」


 少し広めのベッドの上で、俺たちは静かに笑い合う。

俺だけではなくて、彩菜も、涼菜も、何かしら感慨に耽っていたのだろう。

多少眠るのが遅くなっても、今はもう夏休みに入っているから、朝、慌てて起きることもない。

眠気が差すまでこのままもう少しだけ、三人でおしゃべりするのも楽しそうだ。




* * * * * * * * * * *


 お読みいただきありがとうございます。

 『幼馴染』第1幕はここまでです。

 幕間を挟んで、引き続き第2幕に移ります。

 これからもお読みいただけると幸甚です。

 どうぞよろしくお願いします♪

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