第51話 一緒にお風呂

 清澄姉妹の引っ越しは、今日一日であらかた完了した。

多分何かしら移し忘れた物もあるだろうが、気がついた時に取りに帰れば良いだろう。

元の住まいがお隣にあるのは、そういう時にはとても有難い。


 俺たちは晩御飯を済ませてリビングで寛いでいた。

同居生活が始まったとは言え、この時間は毎日こうして三人でまったりと過ごして居たので、これまでと何ら変わりはないようにも思えるが、大きく変わった点もある。

当然のことだが、清澄姉妹がこのまま一晩中この家に居続けると言うことだ。


 これまでも姉妹がうちにお泊まりすることはあったが、それ以外は22時を目処に帰宅していた。

 あらためて考えると、学校生活のある日は夜の2時間程度しか三人一緒に過ごせていなかったのだ。

これまで俺たちがしていた濃密な触れ合いは、あの時間制限があったが故のことだったのかも知れない。


 そんなことを考えているうちに時は流れて行き、気がついたら時刻は22時に差し掛かろうとしていた。

反射的に姉妹に声を掛けようとしたところで、もうその必要がないことを思い起こし、内心で苦笑する。

ふと、晩御飯の前に涼菜と交わした会話を思い出した。


「すず、風呂はどうする? 入るんなら準備するぞ?」

「うん、入りたい。ゆうくんも一緒に入ってくれるんでしょ?」

「ああ、あやはどうする?」

「私も一緒に入ろうかな。随分久しぶりじゃない?」

「三人一緒は半年ぶりくらいかな、じゃあ準備してくるよ。」


 浴室前に足拭きマットと三人分のバスタオルを用意して、給湯器の湯張りスイッチを入れる。

リビングに戻り、昼間シャワーを浴びた時に浴室内を見て疑問に思ったことを口にした。


「シャンプーとかが1種類ずつしかなかったけど、あれ二人で使うのか?」

「うん、そうだよ。私が買って来たのをすずも使ってるの。」

「体は良いとしても、二人とも髪質が全然違うだろ。それで平気なもんなんだな。」

「ホントはね、髪に合ったのを使った方が良いんだろうけど、あたしはあんまり気にしないからねー。そうだ、今度はゆうくんのを使ってみようかなー」


 涼菜が俺のシャンプーを使うと彼女の髪から男性用シャンプーの匂いがして学友から勘ぐりを受けるのではないかとも思ったが、流石にちょっと神経質かなと思い直し、彼女の好きにさせることにした。


「すずが良いなら構わないよ。でもあれ、メントール系だから頭がスースーするぞ。」

「お、それは益々試したくなるね、今日早速使っちゃおうかなー」


 生活が変わることで、これから俺たち自身にも細々こまごまとした変化が出てくるだろうが、それを一々気にしていたらキリがない。

きっとなるようになるだろうから、もう少し大らかな気持ちで新生活を楽しみたいと思う。


 まもなく、給湯器から湯張り完了のアナウンスがあり、俺たちは連れ立って浴室に向かった。


 三人一緒に風呂に入る時に、俺たちがまず手を付けるのが彩菜の洗髪だ。

我が家の浴室はシャワーが3つ付いているので三人同時に体を洗うことが出来るのだが、彩菜は長い髪を洗うのに時間がかかるため、各々で体を洗うと彼女だけ湯船に浸かるのが遅れてしまう。

そうすると、俺と涼菜が湯船で待ちきれずに先に上がってしまい、彩菜が広い浴室にポツンと一人取り残されてしまうので、まずは三人で彩菜の髪を洗うことにしているのだ。


「ああ、楽ちん。二人とも、ありがとう。」

「どういたしまして。普段はこれを一人でやってるんだから、大変だよな。」

「時々すずにも手伝ってもらってるから助かってるよ。」

「あたしは慣れてるから大丈夫だよ。そうだ、これから毎晩三人でやれば、あやねえのお風呂時間が短くて済むんじゃない?」

「そうだな、そうするか。どうだ? あや。」

「私は嬉しいけど…、ホントに良いの?」

「じゃあ、決定だね! うふふー、毎日お風呂が楽しみだね♪」


 入浴後に決めたことだが、俺たちは毎日の入浴時刻を23時頃にした。

これまでは姉妹の帰宅時刻ありきで、二人が我が家で過ごす時間を削ることのないように入浴は前後の適当な時刻に済ませていたが、これからは湯船で一日の疲れをしっかり落としてから就寝することにしたのだ。


 晩御飯をこれまで同様19時頃に摂るようにすれば、入浴までの数時間でまったりしたり、自習をしたりと、これまでとあまり変わらない生活が出来るのではないかと思う。

 もちろん、実際にやってみてから出てくる不都合もあると思うけれど、それはその時々でしっかり話し合って解決して行けば良い。


「ねえ、久しぶりに三人で洗いっこしない?」

「わーい、やろうやろう♪」

「よし、それじゃあ、準備するぞ。」


 お湯で濡らしたスポンジでボディソープを泡立てて、湯桶にこんもりと山を作った。

それぞれがふわふわの泡を両手いっぱいに掬い、きゃーきゃー言いながら他の二人に塗りたくって行く。

まるで銭湯で裸ん坊が泡まみれで戯れあっているような様相だ。

 ただ、ここにはおいたを叱る大人は居ない。

俺たちは童心に帰り、時間を忘れて蛮行を楽しんだ。


 戯れのひと時を終えて、三人で湯船に浸かる。

少し温めの湯温がこの季節には丁度良い。


「うーん、やっぱり湯船は気持ち良いな〜」

「ゆうくん、いっつもシャワーだけだもんねー」

「ホントは湯に浸かりたいけど、このデカイ浴槽は一人だと、どうしてもな。」

「ふふ、これも同居の効果ってことかな。」

「そうだな、こういうところでも実感出来るんだな。」

「きっと、これからもっとたくさん感じられるんじゃない?」

「ん、そうあってほしいな。」


 大きなものでなくても構わない、寧ろ小さなことの積み重ねが毎日の暮らしの中では大切になってくるものだ。

俺たちの同居生活は始まったばかり、これからどれだけの実感が得られるのか、先が楽しみだ。


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