第70話 文化祭の心配事

 稜麗学園高校では毎年11月の第2土曜日と日曜日に文化祭が行われている。

出し物は学年毎に指定されていて、3年生は講堂で舞台演劇、2年生は教室で模擬店、1年生は教室で研究発表に決まっていた。


 他に文化系部活動の発表があるにしても、この学園は各学年5クラスしかないので、規模としては他校より見劣りするのはやむを得まい。


 そんな稜麗文化祭の名物と言われているのが、1年生の研究発表だ。

字面からは地味なイメージがあるのだが、発表内容はほぼ自由、公序良俗に反するものでなければほとんど認められていることもあり、毎年、人気を博しているらしい。

 これまでもアニソン・カラオケ大会や県内メイド喫茶制服コレクション、コスプレ撮影会などなど、趣向を凝らした発表(?)があり、かつてはミスター・ミス稜麗学園を主催したクラスもあったとか。


 その準備がそろそろ始まるようで、今日、2学期初日のLHRで入学当初に決まっていた文化祭実行委員2名があらためて紹介され、今後は彼らを中心に運営されることになった。

ちなみに、皆、誰が実行委員なのかすっかり忘れていたのはご愛嬌というものだ。




 放課後の図書室、昼休み同様、俺と彩菜が司書当番として司書コーナーに座っている。

いつもであれば、利用者がほとんどいないのを良いことに、授業で出た課題を済ませたり、会話を楽しんだりして過ごしているのだが、今日は少し様子が違っていた。

司書コーナー内に、お馴染みのクラスメイト三人が入り込んでいた。


「去年、清澄先輩のクラスは何を発表したんですか?」

「あはは、何だったかなー、よく覚えてないんだよねー」

「あやは去年、文化祭サボったからな、準備も手伝わなかったんじゃないのか?」

「むー、だって、ゆうが中学校の行事があって来られないって言うんだもん。そんなのつまんないよ。」

「出た! 姫君の御善くん中心主義、学園行事すら天秤に掛からない。」


 この学園の文化祭は外部からの来場者を初日は卒業生に限定し、2日目に生徒の招待者を受け入れている。

俺も涼菜も去年はタイミング悪く日曜日に中学校の行事が重なってしまい、学園に来ることが出来なかった。

 彩菜は初めこそ俺たちと学園を回るのを楽しみにして文化祭の準備にも力を入れようとしたのだが、それが叶わないと分かった途端、全て投げ出してしまったのだ。

そんな我儘を通すとは、さすがは学園の姫君と言うべきか。


「今年、涼菜さんは来られるんですか?」

「うん、今年は行事の週がずれたみたいだから来られるって。」

「じゃあ、涼菜さんもお二人と学園を回るのを楽しみにしてるでしょうね。」

「そうだね、志望校がここだから、余計に楽しみにしてるみたいだよ。」


 涼菜は去年、文化祭に行けないことをとても残念がっていたこともあってか、今年は行けると分かった時の喜びようは俺と彩菜が驚くほどだった。


「でもさ、妹君いもうとぎみが来ると大変なことになりそうだよね。」

「え、まりちゃん、なんで?」

「だってさ、あんな可愛い子が来るんだよ? 騒ぎになるに決まってんじゃん。しかも姫君の妹だって分かったらもっと騒ぎになるよ。」

「さらにですよ? 悠樹くんが両手に花で校内を歩いたら…」


「「「……」」」


「ヤバいね。」「超ヤバい。」「ヤバいですね。」

「もう、三人とも考えすぎだよ。そんなんじゃ、私たち、普段から街を歩けないじゃない。」

「大体、俺たちが三人で連れ立って歩くのなんていつものことだし、それだけならどうってことないと思うけど。」

「お二人とも、甘いですよ。学園でお二人が手を繋いで歩いているだけで皆に注目されてるのに、涼菜さんまで加わるんですよ? 悠樹くん、きっと学園男子全員の視線で射殺されますね。」


 特に独り身の男子からの妬みは相当なものだろう。

実は1学期の終わりくらいから、時折キツめの視線を感じることがあった。

元々予想の範疇なので気にしないようにしていたけれど、来年4月に涼菜が入学すると様子が違ってくるだろう。


 ただ、そうは言っても…


「それでしたいことを我慢するのもなぁ。」

「どうせ私たち、来年は三人一緒に学園に居るんだから、皆にお披露目出来る良いチャンスってことにしとけば良いよ。」

「そうだな、俺もそう思う。この際だから、敢えて三人で目立つようにしても良いんじゃないかな。」

「なるほど、そういう考え方もありますか。文化祭は来年4月の周りの反応を探る機会だということかもですね。」


 中学校に通っていた頃の経験や最近の涼菜の俺への甘えっぷりを考えると、学園で清澄姉妹と過ごす時間は彩菜一人の時よりもさらに皆の目を引くのは間違いない。

これから先、俺たちが一緒にいる限りその状況は続くことになるのだから、一々バタついていても仕方がないことだ。


「変な振りしちゃったくせに何だけどさ、結局、楽しんだもの勝ちってことで良いんじゃない?」

「そうだよね、とにかくさ、文化祭はみんなで楽しもうよ。」

「ならいっそのこと、私たち全員で涼菜さんと一緒に校内を回りましょうか。」

「うん、それ良いね。すっごく楽しそう! ね、ゆう。」

「そうだな、すずも喜ぶんじゃないか?」


 文化祭の開催は2ヶ月以上先のことだが、笑顔ではしゃぐ涼菜を思い浮かべて胸が温かくなる。

それは彩菜も同じようで、俺たちは顔を合わせてくすくすと笑い合った。

 その様子を見た愛花さんたち女子三人が、今朝と同じようにまた二人の世界を作っていると、呆れ気味に笑っていた。


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