第68話 2学期の始まり
2学期初日の朝、俺と清澄姉妹は既に登校の準備を終え、まもなく家を出ようとしていた。
今日は我が家から三人揃っての初登校だ。
今日から日課に加えた朝の整髪は、姉妹の髪を俺が、俺の髪を涼菜が担当した。
姉妹の髪は、二人とも日頃から手入れに怠りないので、ブラシを通してから彩菜はヘアスプレーで、涼菜はヘアムースで軽く整えるだけで済ませることにした。
問題は俺の髪だ。
涼菜は朝から俺の髪を弄れるのが嬉しいようで、ワックスでアレンジしては修正を繰り返し、結局はいつもとあまり変わらない髪型に落ち着いていた。
「あー、楽しかった。でもこれじゃあ、いつもと変わらないね。明日はもっとツンツンにしてみようかなー」
「すず、楽しむのは良いんだけど、頼むから程々にしてくれよ? 俺、学園では一応優等生扱いなんだから。」
「えへへー、どうしようかなー?」
涼菜も分かっているだろうから心配は要らないと思うのだが、一抹の不安が残るのはやむを得まい。
登校する時刻になり、三人で家を出る。
俺は玄関の施錠をして、涼菜に声をかけた。
「すず、一人で大丈夫か?」
「うん、大丈夫。ゆうくん、あやねえ、ありがとう。行ってきます。」
夏休み前の出来事の後、俺と彩菜は1学期の残りの登校日に、涼菜を中学校に送ってから登校していた。
あの時、涼菜が元気な様子を見せていたとは言え心配だった俺たちは、僅かでも一緒に居る時間を作りたいと、たった2日間ではあったが恐縮する彼女について行ったのだ。
「行っておいで、何かあったら言うんだぞ。」
「行ってらっしゃい、すず。気をつけてね。」
「はーい、二人も行ってらっしゃい。」
「俺たちも行こうか。」
「うん、そうだね。」
元気に歩き出す涼菜を見送り、俺と彩菜も反対方向へ歩き出した。
彩菜を見つめ右手を差し出すと、彼女は笑みを浮かべて左手の指を絡める。
俺たちは言葉を交わすことなく、ただ寄り添って歩幅を合わせた。
駅からの道との交差点で、南雲さんと鷹宮さんに出会った。
1学期の最終日と同じように、鷹宮さんは早起きが出来たようだ。
「おはよう、南雲さん、鷹宮さん。」
「あ、おはようございます、御善くん、清澄先輩。」
「おはようございます、今日も二人でラブラブっすねー」
「おはよう、二人とも、私とゆうはいつだってこんな感じでしょ?」
夏休みに我が家に来てくれた二人とは多少トラブルめいたことはあったけれど、関係が悪くなることはなくその日を終えていた。
とは言うものの、あの日以降、話をする機会はなかったので、特に南雲さんには果たしてこれまでどおりに接してもらえるのか若干の不安が残っていたのだが、今、言葉を交わした限りは杞憂に終わりそうだ。
彩菜も同じことを考えていたのだろう、二人で視線を合わせてクスリと笑っていると…
「清澄先輩、御善くん、お二人にお願いがあるんですけど。」
「南雲さん、なに?」
「あの、また、お家に遊びに行っても良いですか? わたし、お二人と妹さんのこと、もっと良く知りたいんです。」
俺と彩菜はキョトンとしてしまった。
南雲さんとの距離が離れなければ御の字と思っていたところに、逆に縮めようとするような要望をもらったのだから当然だろう。
彼女は真剣な声音で続ける。
「私、考えたんです。話せば長くなっちゃうんで簡単に言うと、清澄先輩たちのこと良く知らないまま、あんなこと言うべきじゃなかったと思ったので。」
どういう心境の変化なのか真意は計りかねるが、俺たちのことを知ろうとしてくれていることには変わりない。
となれば、答えは決まっている。
「うん、ありがとう、私たちは歓迎するよ、ね? ゆう。」
「俺たちとしては寧ろ嬉しいよ。そうだ、あや、どうせなら…」
「そうだね。南雲さん、鷹宮さんも、来週、9月10日がすずの誕生日なんだけど、お祝いするから良かったら来てくれないかな。あ、プレゼントとか要らないから。」
俺と彩菜は南雲さんの申し出を有難く受け入れ、逆にこちらから誘いかけた。
今度は南雲さんと鷹宮さんが、目を丸くしている。
「えと、わたしたち、参加しても良いんですか?」
「こっちが誘ってるんだからね、きっとすずも喜ぶし、愛花さんも来てくれるよ?」
少しでも来てくれやすい雰囲気になるように愛花さんの名前を借りたのが功を奏したのか、南雲さんの表情が少し柔らかくなった。
「じゃあ…、折角なのでお邪魔します。まりちゃんも大丈夫だよね?」
「アタシもお邪魔します。『愛人2号』の付き添いってことで。」
「まりちゃん?! 『愛人』ってわたしのこと?!」
南雲さんの叫び声を聞いて登校中の学園生がこちらを注目し始めたので、俺たちは足早にその場を離れた。
「あー、なるほど、その結果があれですか。」
「うん、ここは鷹宮さんに任せるしかないよね。」
あの後、鷹宮さんはあろうことか、俺が南雲さんの気持ちを知っていることを彼女に暴露してしまった。
あの『愛人』発言は、その前段として投げ込まれたようだ。
南雲さんの心中を思うと声の掛けようがない。
一旦、鷹宮さんに宥めてもらおうと様子を見ていたところに愛花さんが登校して来たので、ことのいきさつを話して聞かせた。
「そう言う訳には行かないと思いますよ? あ、ほら。」
見ると、鷹宮さんが俺を手招きしていた。
席から腰を上げて鷹宮さんの方に向かおうとすると、後ろからくすくすと可愛らしい笑い声が聞こえた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます