第23話 だって幼馴染だから

 買うものも買って、再び三人でゆっくりとモール内のショップを覗きながらぶらぶらしていると、突然俺の背後から柔らかいものがぶつかって来た。


『ぶにゅん』「だ〜れだ。」


誰かが俺の胸に手を回して、後ろから腰のあたりを柔らかいものでムニムニと圧迫している。

なかなか良い弾力だ。


「ちょっと?! あかね、やめなさい!」

「あはは〜、挨拶がわりに押し付けちゃった〜、どう? 許婚くん、私のお胸の感触は。」

「…結構なお手前で。」

「ゆう?!」

「あらら〜、許嫁くん、動じなくなったね〜」


 ふいにあかねさんが現れ、場が騒がしくなった。

彩菜は慌ててあかねさんを引き剥がしにかかり、涼菜は突然のことに呆気に取られている。

俺は照れとも苦笑とも取れる複雑な表情をしているだろう。


「まったくもう!」

「ごめんごめん、彩菜の反応が楽しくて〜」


俺を使って彩菜を揶揄うのはやめてほしいと思いつつ、しっかりと感触を味わってしまったのは男の性というものだ。


 俺たちは丁度休憩しようと思っていたので、あかねさんを誘ってモール内の喫茶店に入った。

あかねさんは母親と買い物に来ていたのだが、母親がこの後別に用があって一人になったらしい。

案内された席に着き飲み物を注文してから、彩菜があかねさんと涼菜にそれぞれを紹介した。


「あかね、この子は妹の涼菜、すず、こっちはクラスメイトの森本あかね。」

「清澄涼菜です、姉がいつもお世話になってます。」

「森本あかねです、こちらこそお姉さんにお世話になってます。ね、私もすずちゃんって呼んで良い?」

「はい、もちろん! あたしもあかねさんって呼んで良いですか?」

「もちろんだよ〜、これからよろしくね〜」

「はい、こちらこそです!」


 明るくフレンドリーな涼菜と、ちょっと悪戯癖があるものの屈託のないあかねさんが直ぐに打ち解けた様子に彩菜はホッとしているようだ。


 涼菜は幼い頃、人見知りが激しかった。

小学校に入学した頃はなかなか友達も出来ず、上級生の俺や彩菜をヤキモキさせた。

いつしかそれは解消されたものの、その姿を間近で見ていた俺たちは、今回のような場面ではどうしても様子が気になってしまう。


 頼んでいた飲み物が手元に来て、皆が一口付けたところで、あかねさんが切り出した。


「ねえねえ、さっきチラッと見えたけど〜、ランジェリーショップのバッグ持ってなかった〜?」

「うん、ほら、これでしょ?」

「あ〜、やっぱりそうなんだ〜、むふふ〜」


 彩菜がショップの紙袋を見せると、あかねさんは面白いネタを見つけたような悪そうな笑顔(俺の主観です)をこちらへ向ける。


「ねーねー、許婚くん、きみも一緒にお店に入ったの〜?」

「そうですね。二人と一緒に入りましたよ?」

「流石、許婚くん、ランジェリーショップでも堂々としていそうだもん。」

「うん、ゆうはそういうの平気だよ。いつも一緒に行ってるし。」

「うふふ〜、許婚くんなら、彩菜に似合うのちゃんと選んでくれそうだよね〜」

「ふふ、今日もゆうに可愛いのたくさん選んでもらっちゃった。」

「あたしもゆうくんに着けたの見てもらって決めました。ゆうくん、センス良いんですよー」


 あかねさんは、俺と彩菜を揶揄おうとしたようだがそうはならず、清澄姉妹の返答を聞いて寧ろ引き気味になる。


「二人共ちょっと待って、たまに彼氏とかと一緒に来てる人も見るけど、そもそも中高生くらいの男の子って見たことないよ? ショップで平気でいられるってのも凄いと思うけど、選んでもらうってどうなの? しかも着けてるの見せる?!」


 いつもは少し甘ったるい口調で語尾が間伸びしているあかねさんが早口で捲し立てる。

この人、素はこんな感じなのだろうか。


「うーん、確かに他の男の子は見ないね。私たちは前からゆうについて来てもらってたから、違和感ないんだけど。」

「あたしはちゃんとしたブラをつけ始めた時からだし、寧ろゆうくんにお願いした方が間違いないって感じですよ?」

「そうだね。私たちの胸のことは、ゆうの方が良く分かってると思うし。」


 さすがに最初は恥ずかしさもあり抵抗感はあったのだが、清澄姉妹の頼みとあらば俺が断ることなどなく、寧ろ真摯に対応してきた。

今ではすっかり慣れてしまったけれど、これはあくまでも彼女たちならばであって、他の女性のことだったり、一人でショップに入るというのは無理だ。

なお、彩菜の最後の発言についてはコメントを差し控えさせていただく。


 予期せぬ展開に頭がついて行かないのか、あかねさんは額に拳を当てて考え込んだかと思うと、これまで我関せずという態度をとっていた俺に矛先を向けた。


「ねえ許婚くん、どう調教したらこんな風になるの、一体何やったの?」

「調教って、人聞きの悪いこと言わないでください。俺たちは幼馴染だからこれが普通なんですよ。」

「全然普通じゃないよ?!」


 俺の返答を聞いて埒があかないと思ったのだろう、あかねさんは再び姉妹に向き直って問いただすが…


「まさか、あなたたちまで普通だなんて言わないわよね?!」

「私たちは小さい時からお互いに触りっこしてるから、ねえ?」

「お風呂も一緒に入ったりしますし、ホントに普通って感じですねー」

「あ、もちろん他の男の子とは無理だよ?」

「うんうん、触りたくも触らせたくもないですねー」


 そもそも付き合っていたり、致しているだけの仲だったりしても、普通に触ったり触られたりしているだろうに。

人に胸を押しつけてきたりする割には、あかねさんは意外と男性経験がないのだろうか。


 ここまで遣り取りをしたところで、あかねさんは力尽きてしまったのか、脱力気味に背もたれに体を預けて天を見上げていた。

俺と清澄姉妹はすっかり冷めてしまった飲み物に口を付け、沈黙を愉しむ。

やがて、あかねさんが俺たちに顔を戻した。


「ごめん、私、今日はこれで失礼していい? 何だか疲れちゃった…」

「うん、そうだね、私たちもそろそろお店を出るよ。」


 俺たちは会計を済ませて揃って喫茶店を後にし、そのまま駅に向かった。

あかねさんも俺たちと最寄駅が同じなので、同じ電車で帰ることになる。

道中、あかねさんの口数はいつもより少なかった。

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