第24話 誰かの恋の話

 放課後の図書室、今日はいつも隣にいる彩菜がいない。

今日、2年生は午後から校外学習に出かけていて、終了後は外出先から直帰することになっていた。

 今週の月火水曜日は中間試験の採点期間であるため、試験科目ではない科目の教師や校長、副校長が引率して、学年毎に日をずらして校外学習を行なうことになっている。

明日は1年生が校外学習に出るので、二日連続で彩菜と一緒に下校できないのが少し寂しいけれど、これは彼女と学年が違うが故なので致し方ない。


 今日は出来るだけ早く帰ろうと、授業で出された課題をとっとと済ませるべく、ノートに向かっていた。

するとそこへ、神崎さんがやって来た。

今日はどんな用があるのだろう。


「御善くん、今日は清澄先輩はいないんですか?」

「2年生は今日校外学習なんだよ。終わったら直帰する予定なんだ。」

「あ、そうでしたね。ここに来るといつもお二人一緒なので、居ないとなんだか不思議な感じですね。別の場所みたいです。」

「そこまでじゃないでしょ。で、どうしたの? 俺に用なんでしょ?」

「はい、今、少し良いですか? ちょっとプライベートな相談があるんですけど。」

「うん、良いけど、俺が聞いても平気なことなんだよね?」

「寧ろぜひ聞いてほしいです。実は弟のことなんですけど、男の子のことなので男子に聞いた方が良いかと思いまして…」

「なるほど、了解。俺で良ければどうぞ。」


 内容によっては何の役にも立たないかもしれないが、話を聞いてあげるだけでも気持ちの整理がしやすくなるのではないかと思う。

はたしてどんな話なのだろう。


 神崎さんは向かいの席に腰掛けて、テーブルに視線を落としながら、とつとつと話し始めた。


「私には2歳下の弟がいるんですけど、去年の秋くらいからボーっとしていることが多くなったり、やたらとため息をついたり、かと思うと突然ニヤニヤしだしたり…」


あれ? それって…。


「それが春になってますます酷くなってきて…。本人に聞いても『姉貴には関係ない』って突っぱねられて、母親に言っても『放っとけばいいよ』って言われちゃいますし…」


まあ、弟も母親もそう言うよな…。


「ただ最近になって、今度は塞ぎ込むような様子が見えて来ちゃって、部活もサボりがちみたいで…」


あー、結局そういうことになったのか…。


「私、もう訳が分からなくて、それで御善くんなら何かアドバイスをくれるんじゃないかなって思ったんです。」

「あー、うん、なんとなく思い当たることはあるけど…」

「ホントですか?! 今の話だけで分かるんですか?!」

「神崎さん、音量下げて。」

「す、すみません…」


 神崎さんの話を聞く限り、弟くんのことは時が解決してくれるのを待つしかないと思う。

ただそれよりも、俺としては神崎さん自身がそれに思い至っていないことが意外だった。

高1女子なら皆、結果は別として、ある程度は経験しているのではないかと思うのだが、そうでもないのだろうか。

そう言えば金曜日に恋愛に疎いと言っていたか…。


「あのね、神崎さん自身は、弟くんのような感じになったことはない?」

「わ、私ですか? 多分ないと思いますけど…」


うーん、これはストレートに伝えた方がいいのかもな。


「あのね、多分だけど、弟くんは好きな女の子がいたんじゃないかと思うんだ。」


好きな『男の子』の可能性もあるが、これを話すとややこしくなるので、今は置いておくことにする。


「…え?」

「彼は誰かに恋してたって感じかな。」


ただ、残念ながら実らなかったようだが…。


「恋、ですか…」


 神崎さんはそう言われてもピンとこないようで、口を真一文字に結び考え込んでいたが、やがてポツリと呟いた。


「私は、恋に興味はありますけど、多分経験はありません。それがどういうことかも分かりませんし…。これじゃあ、弟の気持ちに気づかない訳ですよね…」

「そこは人それぞれじゃないかな。経験はなくても恋バナは好きって人もいるしね。」

「…恋バナも私には縁がないですね。」


 神崎さんは苦笑しながらそう言うけれど、それこそ人それぞれなのだから、あまり気にすることはないと思う。


「私、どうしたら良いんでしょう…」

「取り敢えず、そっとしておいてあげるのが良いんじゃないかな。」


もしも弟くんが何かを求めて来たなら、その時に手を差し伸べてあげれば良いと思う。


「そう、ですね…、何も出来ませんし、今は見守ることにします。」


 これ以上は俺が口出しすることではないだろうけれど、また何か変化があれば相談に乗るのもやぶさかでない。


「それにしても、神崎さんは随分と弟思いなんだね。」


 相談事は終わったのでここで話を打ち切っても良いのだが、俺はなんとなく会話を続けていた。

彩菜のいない寂しさを紛らわそうとしたのかも知れない。


「二人っきりの姉弟ってこともありますけど、あまりにも様子が違ったものですから。」

「弟くんってどんな子なの?」

「あ、写真がありますよ? 去年旅行に行った時の家族写真ですけど。」


 神崎さんはスマホを操作して画像を呼び出し、こちらに見せてくれる。

画像には両親らしい男女、小学生くらいの女の子…もとい、神崎さん、そして、坊主頭の少年が写っていた。

私服の神崎さんは予想どおり可愛い小学生にしか見えないと思っていると…


「御善くん、今失礼なことを考えませんでした?」

「いや、何のこと?」


神崎さん、心を読めるのか…。


「これが弟くんだね?」

「はい、野球部なので今はもっと真っ黒な顔をしてますけど。」


あれ? この顔って…。


「弟くんの名前は何て言うの?」

「京悟って言います。神崎京悟です。いつもはやんちゃ坊主なんですけどね…」

「それが最近はってことか。写真ありがとう。また何かあれば相談に乗るよ。」

「はい、お邪魔してすみませんでした。助かりました。」

「いえいえ、大したことはしてないから。」

「それじゃあ、お先に失礼します。」


 神崎さんは可愛らしくちょこんとおじぎをして、図書室を後にした。

鞄を持っていなかったから、一度教室に戻ってから下校するのだろう。


それにしても、世間は狭すぎるだろ。


 俺は神崎さんが見せてくれた画像に写っていた少年に見覚えがあった。

ということは、今後、彼と何らかの関わりを持つことになれば、神崎さんを巻き込むことになりかねないと言うことだ。

何とも悩ましいところだが、今はまだ、何ごともないことを祈るのみだ。

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