第25話 もっと上へ

 中間試験の解答用紙が全て返却され、先ほど担任から科目別点数・順位と合計点数、総合順位が書かれた通知票を受け取った。

学食前の掲示板には各学年20位まで氏名が掲出されている筈だ。

 放課後になったので、帰宅準備をして図書室へ向かうことにした。

神崎さんがこちらを気にしていたが、声を掛けてくることはなかったので、そのまま席を立った。



「ねえ、ゆう。」

「ん、どうした?」

「はい、これ。」


 図書室の定位置に座ると、彩菜が通知票を差し出した。

受け取って点数と順位に目を落とす。


「お、なかなかのもんじゃないか。」

「うん、ゆうのおかげだよ。」


 彩菜の11科目の合計点数は993点で平均90点以上、総合順位は5位だった。

前回の学年末試験が9位だったので、十分躍進と言えよう。


「俺は手助けしただけだ。あやの努力の結果だよ。」

「想定問題の的中率が高かったおかげだよ、あれがなかったら10位も危なかったと思うよ?」

「張り出しに名前が載る順位なら良いじゃないか。」

「それ、首席さまに言われてもねー」


 そもそも想定問題の精度を高められたのは、彩菜が的確に各科目の出題傾向を把握出来ていたからだ。

結局、彼女の努力が身を結んだと言うことだ。


「ゆうはもちろんいつもどおり?」

「そうだな、いつもどおりだよ。」

「そう言えば、愛花ちゃんはどうだったの? って、本人が来たね。」


 図書室の出入り口に神崎さんの姿が見える。

少し入室を躊躇していたようだが、ふ〜っと息を吐いて、良し!っと気合を入れてからこちらへ近づいて来た。


「御善くん、清澄先輩、お疲れ様です。」

「お疲れ様、愛花ちゃん。」

「お疲れ様、神崎さん。中間試験のことでしょ? まずは座ろうか。」

「あ、はい。」


 神崎さんは俺の向かいの席にゆっくりと腰を下ろし、鞄から通知票を取り出して俺に差し出した。


「私の成績通知です。」

「見て良いの?」

「はい。」


神崎さんから通知票を受け取り、記載内容を確認して目を見張る。


「凄いな…、神崎さん、過去問入手してるの?」

「いえ、そう言った伝手はありませんので。」

「そうすると、学習範囲の網羅と授業の分析だけでこの点数ってことだよね。」

「はい、授業で強調された部分を中心に。中学範囲の復習を兼ねた出題もあったので助かりました。」


 確かに中学範囲のサービス問題はあったが僅かなものだったし、ほぼ全員が解けているはずなので、そこで差は出ないだろう。

神崎さんの10科目の合計点数は955点、総合順位は2位だった。

やはり、しっかりとした出題予測が出来ていたからこその結果なのは間違いない。


「愛花ちゃん、私にも見せてもらえる?」

「あ、はい、どうぞ。」


 彩菜が立ち上がって俺の後ろから両肩に手を置き、俺が持っている通知票を覗き込んで目を丸くした。


「平均95点越え?! これは凄いね…」

「ああ、ホントに凄いよ。」

「でも、1位は御善くんですよね。」

「うん、そうだね。」


鞄から通知票を取り出して神崎さんに渡すと、彼女はため息を吐いて俯いてしまった。


「平均99点って何なんですか…。」


神崎さんは項垂れたまま、暫くみじろぎ一つしなかった。

彼女の様子を見かねたのか、彩菜が声を掛ける。


「愛花ちゃん、ちょっと良い?」

「…はい。」

「愛花ちゃんはどうして1位になりたいの?」

「…え?」


 彩菜の問いかけに、神崎さんは顔を上げて呆けた表情を見せた。

きっと何を問われたのか分からなかったのだろう。

それは当然、彩菜の声が聞こえなかったのではなくて、本人にとっては最早当たり前過ぎて、今更問われるとは思ってもみなかったということだ。

はたして神崎さんはどのような返答をするのだろうか。


 神崎さんは目を伏せて暫く考えを巡らせていたが、やがて首を横に振って声を絞り出した。


「なぜ…何でしょう…、私はそれが当然だと思ってた筈なのに、あらためて聞かれると、答えが出てきません…」


 彩菜が問うたのは『好成績』や『高順位』ではなくて、『1位』を取る理由だ。

前者であれば幾つでも挙げられそうだが、後者は明確な動機がなければ望むことはないのではなかろうか。


 神崎さんは答えの出せない自分自身に半ば呆然としていたが、彼女を見つめる俺と目が合うと、まるで助けを求めるように静かに呟いた。


「御善くんなら、分かりますか? 君なら、何て答えますか?」


 神崎さんは本当に真面目な人だ。

彩菜の問いに真摯に考え、必死に答えを得ようとしている。

けれど、この問いに正解などないし、他人に教えを請うものでもない。

何のために行動するのかは、結局、自分にしか分からないのだから。


「神崎さん、俺は試験で1位になろうと思ったことはないんだよ。」

「…そう、なんですか?」

「俺はただ、いつでもあやの求めに応じられる自分でありたいと思っているだけなんだ。例えば中間試験で良い結果を出したいと言われれば、俺自身があやよりも勉強しないと教えることもできないよね? それが結果として俺の成績にも結びついてるってことなんだよ。」


 俺が上級生である彩菜の学習範囲を先取りしている理由は他にない。

俺自身の成績は言わば副産物に過ぎない。

仮に彩菜がそれを望まないのだとしたら、そもそもする必要はないのだ。


「あやの望みを叶えることが俺の望みなんだよ。だからそのために必要なことをするだけ。結局、俺のやっていることって、たったそれだけのことなんだよ。」


俺の言葉の続きを彩菜が引き取る。


「ゆうは簡単に言ってるけど、それって本当に大変なことだと思うの。だから、逆に私は、私こそが頑張って、ゆうが手助けするのにふさわしい人でありたいと思ってるの。試験で良い成績を出したいっていうのもそのためなんだけどね。けど、そうするとまた、ゆうが頑張っちゃうから、二人共いつまで経っても頑張るのが終わらないんだよねぇ。」


 彩菜は苦笑しながらも、真っ直ぐに神崎さんを見据えて言い切った。

自分のためではなく、相手のことを考えて、相手のために自らを高めて行く。

俺と彩菜はこうして互いを高め合い、支え合っているのだ。


俺と彩菜の話を無言で聞いていた神崎さんは、はぁ〜っと長い息を吐いて天を仰ぐ。


「常に互いを高められるパートナーが居るって、心強いでしょうね。私には望むべくもありません。」

「一人で頑張れる人も居れば、二人じゃないと頑張れない人も居るってことじゃないかな。俺は一人じゃできないよ。」

「わたしもそう、一人だときっとサボっちゃうし。」

「ふふ、みんな違ってみんな良いって言っていた人が居ましたね。」


 神崎さんから、先ほどまで纏っていた憂いが感じられなくなった。

きっと俺たちとの会話の中に思うところがあったのだろう。


「如何に自分を高められるかですよね。その結果が順位として現れればそれで良しってことなんでしょうね。」

「結果がついてきてくれれば嬉しいけど、だからと言って結果ばかり追ってても疲れるしね。」

「それが正に、今の私の姿ってことですよね?」

「ごめん、神崎さん、そんなつもりじゃ…」

「ふふ、大丈夫ですよ。ちょっとした冗談です。」


 取り敢えず、神崎さんが前を向いてくれたことにホッとした。

神崎さんは先ほど、互いを高められるパートナーが居ないと言っていたが、考えてみれば、俺を目標とすることが彼女自身を高めることに繋がっているのであれば、結局同じことではないかと思う。


 俺が神崎さんに首席の座を明け渡す日もそう遠くないのかも知れない。

もっとも、やはり俺にとっては試験順位など、どうでも良いことなのだけど。

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