第26話 梅雨空と球技大会

 6月も2週目になり、雨の日が増えてきた。

気象庁はまだこの地方の梅雨入り宣言をしていないが、今後も雨天が続く予報が出ているのでこの分なら時間の問題だろう。


 この誰もが憂鬱になる時期になると、湿気で髪がセットし辛くなるので頭が痛い。

俺は癖っ毛で、襟足が襟にかかる長さになると髪が言うことを聞かなくなるのだが、梅雨時季は例え短めにしていても毎朝パウダースペースで髪と格闘することになるので、面倒臭いことこの上ない。


 もっとも、髪の短い俺よりも、女性はもっと大変そうだ。

折角、朝から頑張って髪をセットしても、外に出た途端に湿気で乱れてしまうことも多いようで、俺の隣でも悩める女性が一人不満を訴えている。


「うー、髪の毛うざいー、学園行きたくないー」

「はいはい、今日もお勤めご苦労様です。」

「ゆうが優しくないー、もっと労わってー」

「ほら、頑張って歩く。」


 昨日から彩菜の足取りが重くなっていた。

俺は右手で彼女の背中を押して足を進ませながら、彼女の肩に雨が当たらないように傘を傾けた。

これから1ヶ月程度はこんな天候が続くのだから、今からこの調子では先が思いやられる。


 尚も昇降口で駄々をこねる彩菜を彼女の教室前まで連れて行ってから自分の教室に向かう。

教室に入ると、まだ早い時間なので数人しか登校していない。

クラス全体におはようと声をかけて自分の席に座ると、女子生徒が一人こちらに近づいて来た。


「御善くん、おはよう。」

「おはよう、南雲さん。」


 中間試験明けにファミレスに誘ってくれた女子三人の一人、南雲さんが話し掛けて来た。

あれ以来、南雲さんや一緒にいた鷹宮さんと時々おしゃべりをするようになっていた。

神崎さんとは言わずもがなだ。


「御善くん、いつも早いよね。家からどれくらいで来れるの?」

「歩いて20分くらいだよ。今日みたいな雨の日だともう少し掛かるけどね。南雲さんは電車だよね、雨の日だと大変そうだね。」

「ホントにそう。普段も1時間掛かるのに、雨だと電車の中がムワッとするし、みんな傘持ってて足元気持ち悪いしで、良いことないよぉ。」

「それで1時間は辛いね。俺だったら学園近くにアパート借りちゃうかも。」

「流石にそれはないでしょ、もっと時間が掛かる人もいるし。一人暮らしも憧れるけど、親が許さないだろうしねぇ。」

「それもそうだね。ちょっと気が早いけど、せめて梅雨明けが早くなるといいね。」

「ホント気が早い、まだ梅雨にもなってないのに。」


 俺たちが当たり障りのない話題で談笑していると、教室に入って来た鷹宮さんがこちらへやって来て話に加わる。

鷹宮さんの席は、俺の席の一つ後ろだった。


「おっはよ、二人とも、朝から楽しそうじゃん?」

「梅雨が鬱陶しいって話してたところだよぉ。」

「げっ、嫌な話、今年は梅雨なしってことで良いよ、決定!」

「もージメジメやだー、梅雨明けが待ち遠しー」

「それ! マジでさ、早く梅雨明けしてくんないと、球技大会ヤバいんだよ!」


 この学園では7月11・12日の2日間、球技大会が予定されている。

今からまだ一月あるのでカレンダー的には余裕がありそうだが、その前週には学期末試験があり練習時間が限られる上、梅雨に入れば屋外で行う競技は練習さえ出来ない。

 しかも、梅雨明けが遅れれば屋外2競技の内、女子のソフトボールは中止になることもあり得るので、なぜこの時期に行うのか疑問に思うところだ。

ちなみに屋外競技の内、男子のサッカーはグラウンドが水没しない限り決行するとのことで男女差別も甚だしいと思う。


「そろそろどれに出るか決めるんだよね。」

「今日のSHRでアンケ配って明日集める予定なんよ。第2希望まで書いてもらって、こっちで割り振っちゃう。人によっては3つに出てもらうからね。」


 男子の競技は、サッカー、バスケ、バレーの3競技、女子はサッカーがソフトボールに入れ替わる。

クラスの人数は男女15人ずつ、各競技に二人控え選手を置かなければいけないルールなので、3競技掛け持ちする生徒も出てくる。

これを調整するのが球技大会実行委員だ。

我がクラスの球技大会実行委員は男子が沼田で、女子が鷹宮さんに決まっている。


「月曜日には決めちゃうから。御善くんは背高いからバスケとバレーでよろしく。」

「俺の希望は聞いてくれないんだ…」

「アンケはアタシら実行委員のアリバイ作りでするだけだから。大体さ、男女それぞれ15人しかいないのに3競技っておかしいっしょ。ま、それでもやんなきゃだからさー、学園には考えてほしいわー」


 球技大会は、生徒にとっては学期末試験のストレス解消、学園側は授業を潰して採点時間を確保するのが主目的なのでこのような状況になっているのだろう。

取り敢えずアンケートは実行委員のご希望どおりに書いておいて、後は二人にお任せしよう。

どの競技に割り振られてもいいが、3競技掛け持ちだけは勘弁してほしいものだ。


「おはようございます。皆さんで何の相談ですか?」


神崎さんが登校して来て、俺たちの話題に興味を示してきた。


「おはよう、神崎さん。球技大会の話をしてたんだよ。」

「あー、それですか…。」


神崎さんは薄らと苦笑いを浮かべ、あまり乗り気でない様子を窺わせた。


「ひょっとして、神崎さんって球技苦手な人?」

「そうですね。なかなか皆さんについて行けなくて。」


神崎さんが苦笑いの度合いを強めたところで、鷹宮さんがちょっかいを出す。


「神崎ちゃんはちっちゃいから、簡単にボールに吹っ飛ばされそうだもんねー」

「もう、揶揄わないでください。まあ、否定できませんけど…」


神崎さんは軽く頬を膨らませて、鷹宮さんにジト目を向けるが…


「ごめんごめん、神崎ちゃんがちっちゃ過ぎてボール代わりにドリブルされちゃうってことだよねー」

「扱い酷くなってますけど?!」

「くすっ」


 神崎さんがさらに頬を膨らませて必死に抗議する姿が可愛らしくて思わず笑ってしまうと、彼女は恨みがましい視線をこちらに向けた。

この子はそんな表情さえ愛らしい。


「うー、御善くんまで…」

「ごめんごめん、神崎さんがとても可愛らしくて、ついね。」


微笑みを浮かべながら思わず口にした俺の言葉に、南雲さんと鷹宮さんが目を丸くしている。

神崎さんは顔を真っ赤に染めて俯いてしまった。

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